Aいい加減にせず、具体的に、あの子にも人間生活の正しさをわからせられるようにやりたいと思います。不毛の土地であるという先入観をすてて誠意をもって当って見ます。
 どうかこの手紙をよく読んで、私がしつこく云っている点が、私の生活の感情のうちでどれ程生々しく大切に思われているかということをうけとって下さい。そして、その点について納得が行ったら笑いながらでもいいからわかったよという返事を下さい。或一定の土台以上の標準からと知っていても私のような妻としては、やはりわかったわかったと云って欲しいこともあるものです。この感情は貴方に向ってこそ全幅に求め披瀝してよいものだと信じます。では又、

 八月十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

  一九三五年八月十日 栄さん宛
※[#チェックマーク、1−7−91]『ゴオゴリ全集』(第二巻まで入れていずれも不許)
※[#チェックマーク、1−7−91]大観堂円本目録
 古典社の『古本年鑑』
※[#チェックマーク、1−7−91]一誠堂目録
※[#チェックマーク、1−7−91]『大思想全集』カタログ
 『ヘーゲル伝』
 『ヘーゲル哲学解説』(岩波)
  一九三五年九月十四日 栄宛
 『自然科学史』
  一九三五年十一月九日 栄さん宛
※[#チェックマーク、1−7−91]北隆館月報
※[#チェックマーク、1−7−91]図書月報
※[#チェックマーク、1−7−91]春陽堂月報
※[#チェックマーク、1−7−91]春秋社月報
 鉄塔書院
 白水社月報
※[#チェックマーク、1−7−91]白揚社月報
 『日本経済統計図表』(有沢)
 『世界経済統計図表』
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本憲政史』尾佐竹猛
 『経済学史』高橋
※[#チェックマーク、1−7−91]?[#「※[#チェックマーク、1−7−91]?」は縦中横]『経済学史』小泉信三
 『ヘーゲル哲学体系』ローゼンクランツ
 『ヘーゲル哲学解説』白揚社
 『クーノーフィッシャー』白揚社
 『ヘーゲル哲学概論』岩波
 『ヘーゲル哲学解説』クローナー
 『小論理学』
 『精神現象論』岩波
※[#チェックマーク、1−7−91]『大論理学』
 『大独日辞典』登張
※[#チェックマーク、1−7−91]竹越『日本経済史』十一、十二、十。
  一九三五年十二月七日 栄さん宛
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本国勢図会』十年版
※[#チェックマーク、1−7−91]『リカアドウ』
 『ヘーゲル伝』
 『日本財政論』大内
 「日本財政論」阿部
 『日本戦時経済論』
 『トラスト カルテル シンジケート』
※[#チェックマーク、1−7−91]『流通論』上下 福田
 『非常時国民全集』中 陸軍篇 海軍篇 海外発展篇
 『帝国憲法講義』佐藤丑次郎
 『憲法総論』山崎又次郎
※[#チェックマーク、1−7−91]『帝国憲法逐条講義』上杉
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本刑法』改訂版 牧野
 『刑法概論』島田
 『刑法基礎理論』島田
 『国際外交録』 中央公論
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本外交秘録』
※[#チェックマーク、1−7−91]『わが七十年を語る』林権助
 『世界経済問題研究』
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本資本主義発達史』(講座・不許)
 早稲田『国民の日本史』中「幕末史」「維新史」
 『経済学史の史的研究』渡辺
 『価値学説史』第一巻「正統派経済学」波多野
 『リカアドの価値論及び其の批判史』堀
 『英国経済学史論』ロッシャー
 『英国経済学史』プライス
 『地代思想史』高畠
 ハイム『「ヘーゲル」と其の時代』
 改造社『経済学全集』中「欧州経済学史」「各国経済学史」
 スタンダール『ナポレオン』
※[#チェックマーク、1−7−91]『孫子』桜井忠温
 『軍事科学講座』文芸春秋社
 栄さん宛の手紙からは以上全部で凡そ七十冊、チェックした分だけは送ったもので、僅か二十六冊ほどです。そのうち不許が講座を一冊として三。
    ――○――
 市ヶ谷からの第一信から昨年一杯までの注文された本の総数は大体二百十。そのうち送られた分は凡そ百二十冊ばかりです。
    ――○――
 これは本の調べについてだけの分。手紙は別に。

 八月二十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 八月二十二日 月曜の夜  第四十四信
 光子さんが三ヵ月に亙る岩手と北海道の絵の旅からかえって来て、きのうから泊っています。今風呂に入っている。私は二階。
 雨がひどく一しきり降ってやんで虫の声がしている。そこのまわりの腰ぐらいの高さある草むらの中でどんなにこういう虫の声がしているかしら。虫の声はそこへも聴えているかしら。眼をあいて横になっていらっしゃる耳にきこえているだろうかしら。
 きょうは、まるで電話が途中で切れて、もうつながらないままボックスを出て来るような気持でしたね。こういうのは、又こういうのでいかにも困る。私としてこう云いたかったのだとか、或は、貴方のおっしゃる意味はこうだったのだという、考えて分ること、考えて筋の立つこと、そういうことが話しのこされたのとは又異います。何という独特な舌ざわりでしょう!
 私たちの話は細かいところまでふれつつ、その細部を穿《うが》って大きいものに触れている方法なので、金や本や衣類の用向きの形はとらないから、日常必須の用件とうつらないのでしょう。
 ああいう話しは、私たちにとって欠かされないものだけれども、どうしても一定の時間がいります。単な[#「な」に「ママ」の注記]言葉数でない時間がいります。同じ土台、同じ線の中で話していることは勿論わかっているのだけれども、互の気持がぴったりするところまでゆかないうちに中絶されて、どこかくいちがった感覚でのこされる。これは私にとって感覚的に大変苦しい。そちらもそうでしょう? あれも、これもわかっている、けれども……。そこで切れる。これは謂わば健康によくない状態です。考えてわかることでのこった話は、のこった影響がこんなに体じゅう苦しいようではない。わからせようという、一つの楽しみのようなものが含まれます。気分でくいちがう、或はぴったりしきらないのは迚も其那楽なものではない。あした顔を見てこの気持がほぐされるまで持ち越し、云って見れば、そのサスペンスの永さで実に苦しい。私にはこういう苦しさは肉体的に来て、殆ど堪え難うございます。
 一言に云って、私たちは新しい事情にまだよく馴れず、その条件をつかいこなしていないと云えるのではないでしょうか。
 急にあれもこれもとたたまり、一つのテーマについて、そのテーマの展開法では数倍の時間が必要な話しかたを、不可能な短時間のうちにしようとしているのではないでしょうか。この話しかたの内奥には、頻繁に会い、話せるために一層細部までを結び合わそうとする互の意識しない自然な烈しい慾求が働いていて、逆にそのとき毎にのこした部分を生じ、のこされた部分は一種の苦しさ焦慮めいたものになってたまって来る。客観的には時間の不足が原因であるのに、気分の満たされないものが、何か互の気持の内に存《あ》るように感じられたりするのではないでしょうか。
 私は余り苦しいから、しきりに考えます。私たちの間で話されていることについてのお互の根本的な理解で、齟齬《そご》しているところは無いと信じます。仮令それが私自身のいろいろな到らない点にふれていることであったとしても。それはわかっているのだとしか思えません。分ってはいるのだが、あの場処でああいう長篇的展開をはじめると、その過程でどっちかが一人で進んでいるような瞬間、時間的に中断され、苦しいことになるのではないでしょうか。
 毎日でも会えるということの中には、斯様なものがいかにも潜んでいます。
 貴方はどんなにお感じでしょう。恐らく私より大してましなことはあるまいと思われます。いつも真直に幅ひろい視線で私の上に注がれている眼を、その暖かさは失わず、然し或微かな身ぶりと共にお伏せになる表情を、私は平気で見ていられません。かえっても、その表情と身ぶりとが私につきます。いそがしい交通機関の波の間に、いろんな用向や人との応対や笑いの間にさえ、その身ぶりは私の心をひっぱりつづける。
 視線が合えば、互の切りくちがすっかり合ったよろこび。そのよろこびでどんな苦しさも凌げて来ました。その確信には無限の力がある。そしてそれも感覚として来るものだから、きょうのように電話が切れた感じは、やはり感覚として全面の訴えをもつのです。小さい言葉の端々、電話の切れるすぐ前にきこえた言葉の一つ一つにこだわることは、貴方にもすまないことであるから(そこで止る意志ではなかったのだから)私も、それに執さない修業を致します。大局から、我々の把《つか》んでいるところから見とおして私の最善の善意と努力で噛みこなして滋養にしましょう。けれども、これからずっと、可能な時間と私共の話しかたとの関係は同じような条件でつづくわけですから、何か話しかたの一工夫をしてはどうでしょう。そのことで私のこういう苦しい輾転反側が解決される部分もあるのではないでしょうか。こういう状態が続くと私は、自分が病気になるだろうと思う。そんな苦しさですもの。しまいには涙がこぼれて来る。そんな苦しさを続けていることは決してよくありません。
 私は思うに、やっぱり深くこまかく而して大きいことは、ああいうときに話しきれず、手紙に書き、又書いて頂くしかないのではないかと考えられます。会うときはその材料の上に立って大体の結論にふれて話し、そこで生じた次のテーマは、それとして又書いてつくしてゆくという風に。システマティックにやらなければ不便でつかれるのではないでしょうか。私はいくじないことかもしれないが、あなたを見て聴く言葉は悉《ことごと》く熱く、つめたく、あたたかく、流れ、或は刺さり、鼓舞され、又軽く肩をたたいて、どうだいと云われるものとして、生《なま》で、全感覚で受けます。だから、妙に中絶してはやり切れない。
 話しかたと時間との関係であるのが大部分だとお思いになったら、どうか一工夫しましょう。
 さもなくて、私に対する貴方の意に満たなさから湧いているものの諸変化、ニュアンスであるとしたなら、貴方にもそんなに感覚的な居心地わるさを与えた自分の受けるものとして、私は自分の苦しさを云いたてることは出来ないと思います。私たちは、私たちの生活における神経の生理によく通暁して、例えば私がここでこの苦しい頭を一つおまじないさえして貰えたらと思っている。そういうものの裏がえった神経の作用にあやつられないようにしなければならないとも思います。きょうはこの間からの事[#「事」に傍点]について書くわけだったのですが、電話の切られかたが余り苦しかったから、ほかのことが書けない。それでこの手紙となった次第です。
 きょうは、いろいろをぬきにしてすこし工合がおわるそうでしたが、いかがですか? あなたの横になっていらっしゃる布団の傍に坐って、永く永く何といろいろのことを話したいでしょう! 何とあなたの笑顔を見たいでしょう! 何と「ユリばかばか」と云われたいでしょう! これは私の飢渇です。

 八月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 八月二十四日  第四十五信
 きょうは心も軽く鼻歌まじりに栄さんを督励して本箱を置換えたりベッドを直したりして、又元のエハガキのような位置におちつきました。この間うちから落付いて勉強したくなっていてそれにもかかわらずいろいろまとまらなかったが、きょうからは楽になったところがあって、そろそろはじめます。当分引越さないときまったからには、地震のとき二階の廊下が本棚の重みで抜け落ちたりするといけないから、本棚を二つ重ね(あの重ね本棚の小さい方)下の四畳半において材木屋へ行ってモミの五分板二枚一・七〇也買って来て、ベッドに入れました。「乳房」という小説の書けたときこの
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