く机に向って居ります。
 ところで、私はいつぞやの(四月七日の日の)貴方の私へのおくりもののねうちをこの頃一層改めて深く理解し、本当にあれは云って貰ってよかったことであると思って居ります。何故ならば、島田からかえって来てから、私は勉強にかかって文学的覚書をかきはじめて居るのですが、こまかに本気にとりかかっていると、自分がこういう勉強をみっしりやりつづけなければ本当の現実的発育というものはおくれるという事実が、明瞭に明瞭に分りました。そして、こういう細かい周密な勉強をして見ると、ひとしお芸術というものに深く歩み入る云うに云えぬ深い味いが身にしみ、逆にそういう感覚を喪失することの致命性が分るのです。而も、喪失は、誰を見ても決して一時には起らずいつとはなしに、日常の裡にジリリジリリとどこかへめり込む如く生じて来る。三年、五年の後の相異はどのようでしょう。
 この間の小説の話も一言には表現し切れぬ多くのものがあると思われます。根本的な欠点は、時代から時代の推移があらわれている自然な一人物をとらえて来て(現実の中から)その主人公の人生への善意を描こうとしているのではなくて、或意図のもとに、歴史の
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