春先の風邪を御用心。

 三月二十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 三月二十九日  第十五信。
 午前九時前の朝の光をうけて、あなたに手紙を書くというのは、大変珍らしいことでしょう。昨晩は十一時頃|床《とこ》に入って、非常にぐっすり眠って、けさはおひさ公と一緒におきてパンをたべて上って来たところです。
 あなたのところでは、今朝はどんなお目醒《めざめ》でしたか。やっぱり気分がよかったかしら。そして、永い間横になって目を開けて、朝の目醒のいろいろな情景を思い起していらしたかしら。
 金曜日は、出かけにうすら寒かったので、ああやってお目にかかったときはコートを着ていたが、ずっと広っぱの水たまり道を歩いているうちにすっかり暖くなってしまって、鋪道へ出たら、街路樹の支柱へハンドバッグなどのせて、コートを脱ぎたたんで持ってかえりました。そしたら、女学校の上級生であった時分、女子大へ一寸通っていた時分のことをはっきり思い出した、朝雨がふってかえりに晴れている。すると、私共はその頃和服で袴の上にバンドをつけて通っていたから、合羽《かっぱ》をたたんで、お包みの下へもって、傘をもって、
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