して。鉛筆をなめなめ書いた字で、先ず「お葉書正に拝見いたしました」云々と、女の字で書いている。今も菊池の由です。「以前の帳簿は保存してありますけれども本店主人及店員の主なる人は、目下戦地へ行って居ります為、金額は不分明に御座います。それで宮本顕治様のお名前はよく覚えて居ります。お払未納の分をお心にかけられお申越しでありますが」何程でもよろしい[#「何程でもよろしい」に傍点]と申すわけです。いくら位だったか覚えていらっしゃらないでしょうね。よほど前には三円いくらといっていらしたが。五円位やっておきましょうか? 越智という人のあとは四人目でお上《かみ》さんの住所は分りかねるそうです。松山の学校は指田町というところにあるのですかしら。あさってあたりおめにかかりにゆきます。繁治さんの詩を一つ『文芸』にやりました。
 私は林町のうしろなどへ行かないでよかった。実によかった。よろこんでいます。ここにこうしていてこそ新しい事情の新しい収穫がくっきりと身につくのです。それをひしひしと感じて居ります。
 沈丁花という花の薫り、そこにも匂いますか? この辺は夜など静かな往来いっぱいに漂っています。では又。
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