オ世紀であるのも面白い。
いろいろと綜合的に感じ、ふと自分はどうして文学ノートを書かないのだろう、書いていけないわけはなしと思いました。ああ勿論それはかの哲学ノートほどのものでありようはなくてもね。日記が文学ノートのような時期があったが、三年前のとき、記念品[#「記念品」に傍点]としてまき上げられてしまった。それが癪にさわったのでそういうものはつけないことにしていたのですが。文学ノートをこれから書いてゆきましょう。これも些細なことではあるが、やはり自分の日々の内容を自身に摂取してゆくことにも役立ちますから。すこし厚い、しっかりしたノートを一冊買って、はじめましょう。ちょいちょいよむが沢山よんでいる。そういうものについてやはり書いておくべきだと思います。こういう一つの小さい実行性についても、私はこの間うち(夏以来)のいろいろなことが、本当にありがたいと思います。勉強してゆくということはして[#「して」に傍点]ゆくことであり、仕事してゆくことは仕事をして[#「して」に傍点]ゆくことであり。そう云えば、誰だってそれはわかっている、と申しますが。
十日づけのお手紙もありがとう。率直のことも
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