獅ス女の機微をつかまえているようだのに、このお龍さん、第一幕では不二洋子の劔劇に似て居り、幕切れは、或種の神がかりであるというのは、何と笑止千万でしょう。
「沃土《よくど》」の和田伝、島木健作その他何人かで、有馬農相のお見出しで、農村文化の立役者となり、作品が帝国農会の席上引用され、和田氏は日本の政治の明朗化の実証と欣喜《きんき》して居ります。二十名の作家が漢口を描きにゆきました。平服に中折をかぶってステッキをついて写真にとられているのは菊池寛一人。役者一枚上なり。「田園の憂鬱」は軍装して二千円すられた。葦平サン茶色背広で(上海で)これら名士と一夕の歓を交えに現れています。
午後の計温が示されていないと云っていらしたのは十七日(土)でしょう? 戸塚と病人見舞いに行った日でしょう、あのときは午後はとばしました。林町へまわったときは計温しましたから。
二十日。この日もかえりに渡辺町であったから十一時半ごろの分はとらず。
朝七時二十分五・四 夕方五時半六・五 夜九時半六・五
食事七時三十分 六 就眠 一〇
二十一日
朝七時半 五・五 ひる十一時半六・三
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