ミ難として見るしかなくたって、そのような災難を生じるサーカムスタンスをもつことにもっともっと苦しい思いをする筈だし、根本的に云って、そういう条件での災難[#「災難」に傍点]と云い得るだろうか、原っぱで五人に囲まれた、そういうのでもないのに。どうも腹に入らぬ。
主人公は、これで自分たちが不幸にされては余り下らぬ、そう思い、ひっかかっている気分を直しに大山へ旅行して、そこで所謂自然の療法をうけ、やがてそれにこだわらぬ気持までひろがる。そこで終り。
そういう苦しみを夫婦で凌ぐのに、景色の変った山へのぼって暮して、それで転換するのも何だか腑に落ちぬ。
谷川さんその他、夫婦愛の醍醐味として讚えているが、わからない。根本に分らない。それでこの間、菊子さんが来たとき、それを話しました(弟子だから)。すると、「暗夜行路」は自伝風な作と思われているが、実際はそうでない。架空のものの由。
「じゃ、猶変だ。だって一般に自伝的なものとしているでしょう? その作品の中に、誰がみたって奥さんそっくりと思える人が描かれ、そういうことがあれば、そうかと思う」「奥さんは再婚の方ですから、先生の心にある或気持から、
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