熬mっているように決して正面から人の顔を見て物を云うことをしない。きっと顔をそむけて云う。又阿部知二はのぼりかけた山を、これはいけないと見ると未練なくサッサと中途から引きかえして来る。行動主義文学のときもそうであり常にそうである。現代はこういう横向き型、中途引かえし型が適者なのである」と云って、「それは人間としていいことだというのとはおのずから別である」、云々と。
「探求」の作者も亦大なる横向きなので、私はそれをよんで、大笑しました。
『改造』八月に、火野葦平の「麦と兵隊」という長い報告文学日記がのりました。報道班で働いている人です、「糞尿譚」で芥川賞をとった人です。
新日本文化の会宛にその原稿が送られて来て、そこには『改造』関係のものがいるので(中山省三郎だともいう話)すぐ『改造』がのせた。『中公』であわてているのを知って情報部か何かにつとめ日本青年外交協会という(原勝が主になっている)ところで働いているのがそれならと上田広の「鮑慶郷」という小説を世話をしてのせた。
「麦と兵隊」はあくどいこしらえもののあとに出たものですから、それだけで人を引きつける本当さを買わせます。いろいろの現
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