ワしたと描写報告が多い。父のいた時分の生活は、外部的ないろいろの変化が多かった。ああいう生活らしい色彩を帯びて。目白での手紙は、生活が統一されて一筋のものの上にあるとともに、非常に頭の活動、切ない気持の高まりが反映している。もっと楽になっていいのに。そう思う。健全なそしてくつろいで動的な状態。それを欲しる。そのためにこの連続の総ざらいをも必要とした。益※[#二の字点、1−2−22]ひろい、明るい健やかな理性の土台のつよまりが必要である所以。
 時間的にいろいろの細かいことをはっきり記憶によび醒さないこと、その他が不快を与えたと思うが、自身の心理的なものの根を掘り出して見れば、やっぱり動機は一つ性質のものであった。後からこんぐらかって、むしゃくしゃして、平手打ち式気分で語っているが、例えば初めのうちいい人だとか何とか評価していたには、何かそちらとの親密さを告げられるなりに先入観めいたものとしたところがあったからであると思う。後に実際に即して、その人柄が露出した。初めからそれを洞察しなかったことは、自身の人間を見る目のなまくらさである。人生の或時期の生活のありようで生じた相互の関係の形を、それなりの形で評価の実質のように考え混同することは間違っていることを深く感じる。古い友人といきさつにも之は多い。いろいろのことがある。皮肉になるに及ばず、辛辣になるに及ばず、しかし飽くまで実際のありようを見徹す力が、何と必要であろう。
 これらのこと、現在なら生じない条件がある。何故なら先ず第一、その人々の関心をひいた物質的条件がこちらに無くなっているから。今私が金にゆとりあると思っている馬鹿も沢山はないのであるから。そういう意味で、当時の生活の雰囲気が自省される面をもっていることを考える。
    ――○――
 触れるべき点に大体くまなくふれたであろうか。自分としては心持の一番底に足をつけて歩いてまわった感じで、落付いた気分にある。誇張したところは殆どないと思う。どうだろうか。このような調子の総ざらいは、大入袋ではないから景気はよくない。益※[#二の字点、1−2−22]質実に、勉学し、仕事をして、二人の生活のそれぞれの時機から学び得るものを十分に吸いとって行くだけしか考えない。もうすこし勉学がすすみ、仕事をやって行ったら、もう一皮という感じで心にある文学のプログラムについての考えもまとまるであろうと思う。
 仕事をもこめて、勉学、勉学! そう思う。そう思うと愉しさが湧いて段々ひろがって来て愉快になって、そちらの顔を顧み、笑う心持になる。ユーモアよわき起れ、と思う。ユーモアの湧く位賢明で強健な肺活量のつよい生活。脳髄と肺や心臓のつよい生活。
    ――○――
 よかれあしかれ、これだけ書いて、すこしはさっぱりしました。毎日八枚を、三時間以上ずつかけて書いた。書いて切々と思う。決して大言するのではなく、冷静に客観的に観察して、現象的な範囲での日常の環境は、私の発育のギリギリまで来ていて、即ち小さい着物となって来ていること、奮励一番して、よりひろい合理的な世界へ自分を拡げてゆかなければ、狭い着物でちぢめられることを感じます。そして、その着物がどんなに役に立たないかということについて再三注意して頂いて有難う。これは心からのお礼です。

 十二月十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十二月十八日  第八十三信
 十六日づけのお手紙をありがとう。十四日にお目にかかって、気が安らかになって、落付いて今日まで休養出来ました。まだハナがぐすぐす云ったり折々せきをしたりしているが、もう大丈夫です。こんどは珍しく、風邪気味になったのは六日の火曜でしたからまる二週間と五日煩わされました。私の風邪としては実に長かった。その代りアラ又ぶりかえしたというような癒りかたでもないけれども。ちょいと盲腸がいやな気味で注意中です。
 全く本年の後半は、苦しかったが収穫は少くありませんでした。自発的に総ざらいをして見る気になったし。「伸子」の終りの部分については、元の目白の家でも一寸ふれられたことがありました。覚えていらっしゃるでしょうか。私は、はっきり記憶して居る。あの作品の書かれた当時理解の限度で、同じ質の枠内での移りを、進歩或は成長という風に自分から解釈しているが、それは本当の発展ではないね。そういう風な表現で云われ、成程と一部わかったが、あの時分にはまだ今日わかっているだけには判っていませんでしたろう。人間の真の発展は脱皮であるから容易でない。一つ枠の中を動いているだけなら(そして、やはり、伸子のようにその動く現象を発展と見る見かたに今日も多くが捉われているから)文学も発展しつつあるというようなことが云い得るでしょうが。脱皮しかかっているときの期待と不安とは
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