アわさざるを得ない力をもっているので、彼は本能的な自己防衛に陥り、現実であるものを見ているくせに、現実として承認出来ず、その裏、裏とかぎ廻って、最も穢い世俗的愛嬌の下に無理解以上の反歴史性をためこんだ。そしてパリにかえって、そのへどを吐いた。歴史はその一方にこのへどを称して、神々のへど(室生さんの題を拝借)とあがめるものがある。そういう心理的な歪みから生じたジイドの今日の全方向は、全く政治的な意味をもってしまった。彼は恐らく意識しているでしょう。
 レオン一家の人々の生きかたも同時的に考えられた。心理的な面から。不敏ならざる頭脳が、人生の或モメントに一つぐれて、感情的な我執に陥り、一見理性による現実の追究の如き形をとりつつ、実は心理的骨格は我執の亡者であるということ、その動機で強いがんばりかたで理論化してゆく熱情。そういう人間のタイプは身辺にもあったが。過去の社会からもち来たされている「我」は歴史的混乱の時期に、何たる微妙な現れかたをするものであろう。そのプラスにおいても、マイナスにおいても。
 そのような反省はしかしながら、おかれている自身の周囲の諸事情をかえるものではない。文学的生活、日常生活は一層箇別的になって来る方向ばかりで、昨年から本年に入っては、社会的性格の広汎な作家ほど現象的には一層箇別化されざるを得なくなり、文学における健全性が世間的な箇別性で逆に語られているような時期に到達している。そのような消極の形しか持てない、それは各自各様の矛盾をもちつつ文学を文学として守ろうと欲している人々、宇野徳田その他の組から川端に到り更にその後の人々に到る一部分となってまで出ている。今日の生産文学は一定の批評に耐えない本質をもって立っている、それ故立ち得ているという現実の故に沈黙を課せられている少数の者の間にさえ、この箇別化は深刻に浸み出している。各人の事情で。一人は執筆を承諾するが、他の一人は配偶者としての感情からも堪えぬ、というが如く。(ここで一区切り。長くなりすぎるから。今日も熱は六・四分。六・三分。せきも減りました。段々外気にも当りたい気持です。)

 十二月十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十二月十七日  第八十二信(C)
 生活と文学とにおけるそういう環境は、実に多くの危険と困難とを将来に予想させるが既に今日いくたの障害となって現れていると思う。
 箇別的な事情というものが強力に作用していて、Aの事情Bの事情、それぞれの事情の間の評価が弱まっている。文学におけるヒューマニズムの理解が、人情の域まで墜落したきりになっているのだから、客観的な意味でそうなることは肯けるが。一方文学が非理性的な観念で一括されようとするのに対して経験の尊重が文学の中につよい底流をなし始めている。具体的なもの、現実的なもの、そこに真の人間の生活が息づいているものを、文学の新しい要素として期待する欲望であり、文学の観念化に対して健全を求めている現れではあるけれども、これしも、経験を客観的に総括する力、その必要への目ざめが十分に伴わないから、経験主義になりやすい。経験そのもののひろい目からの評価、経験してゆく自分というものの在りようについての目は概してつぶられたままの形であると云える。
 事情は輻輳《ふくそう》しているから、全体としての文学的プログラム並にその中にあって自分のプログラム(相互的な関係での)というようなものが必要であり、特にこのことは、特殊な条件にある作家にとって痛切に感じられている。少くとも自身の要求として益※[#二の字点、1−2−22]切実になって来ている。目前自分として何をやってゆくかということはよく判っているが。作家としての現実の意識は愈※[#二の字点、1−2−22]科学的にならなければならず、益※[#二の字点、1−2−22]展望力を強めなければならず、十月からそろそろながら進捗している勉学はこの点で決して中断出来ないものだと思っている。流派の問題ではないのであるから。そして、独善居士にならないためには。文学におけるこの部分の問題は、未だ十分の見とおしを立てきっていない。この状態のまま、もっと勉学し、もっとつきつめていけば、やがておのずから会得されることがあろうと信じる、主として方法的のことでもあるのだから。単に知能的でなく自己を拡大させてゆくこと、これは今日の事情にあっては必須のことであり又多大の現実の困難を伴うことなのだと思われる。
 さて、ここで自分の心に一つの疑問が生じている。これまでの沢山の手紙のうちで、自分はどのように、以上のような生活と文学との推移、その間における自身の姿というものを伝えていたであろうか、と。今これを書いている気持とは違う。それは自然と思う。何故なら今これを書いている気持は、自
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