大シャボテンが二つあって、びっくりするような花を咲かしていました。
 ここには小さなカニがいますね。今庭のカタ木の古い幹《みき》のところを一匹はっている。さっきは石の大手洗鉢の水の中に奇麗《きれい》に浮いていた。
 六月二十二日
 一時四十分のバスでかえりました。この頃はガソリンの倹約で朝十一時十何分かの室積行が一時四十分野原を通り、あとは夕方の六時すぎ。間で二度下島田へかようだけです。農繁期なのでバスは行きかえり殆ど一人。あちこちで田植最中です。野原附近の買われた土地は、島田川のそばまでで、三十万坪だそうです。都市計画はこの前柳井と書いたでしょう? あれは間違いで徳山室積間です。
 二十三日
 隆治さんが昨夕びっこをひきひきかえって来た。左脚の上へねぶとが出来ていて痛い。「ひとが、横根でもふみ出したのかと思いよる」とふくれていましたが夕刻秋本へ行って切って貰って来た。寝冷えもしていて、きょうは両方で休み(仕事もないので)私共三人は(母上・多賀子、私)徳山まで出かけました。三十五日のおかえしと慰問袋へ入れるもののために。十二時頃から雨になって、母様だけ下松でおり、あんパンやらマンジュウやらの手配をなさり、五時頃かえり、それから又お墓へお詣りなさいました。雨が降っても何でも四十九日までは毎日参るべきだとのことで、なかなか大変でいらっしゃいます。私は折々御一緒にゆきますが。
 二十四日
 達ちゃんから航空便で手紙が来ました。父上のおなくなりになったことを知らせたのへの返事です。やさしい心持やこれまで尽すべきことを皆つくして来た安心とが溢れた手紙でいい手紙でした。あなたからの電報をよんで(文句をうつして隆ちゃんがやりました)感動した心持をもつたえて居ります。こうして、皆遺憾ない心持で貫かれているのは本当に何よりです。
 午前中かかって慰問袋をこしらえました。航空便でやろうとしたらそれは駄目な由。いつ着くことやら。出動準備中だそうです。
 隆ちゃんまださっぱりせず床についています。疲れも出たらしい。私もすこしあやしいので、今はお母さんの羽織を拝借して着ています。午後からは久しぶりで親密な読書にかえります。
 福岡に(入りぐち)おりを[#「おりを」に傍点]という寺があって中気のための名灸がある由、いつか昔、あなたがすすめてお母さんを出して上げたのに、次の朝行かずに戻っていらしたという故事のあるところ、あすこへおつれ申そうかと云っているところです。お母さんには御丈夫な上にも丈夫でいていただかねばなりませんから。おなかはこの気候でも大丈夫でしょうか、呉々お大切に。近ければ一寸かえるのに。では又ね

 六月二十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 山口県島田より(封書)〕

 六月二十六日  第三十二信
 さっきから机の上やトランクのところやあっちこっちさがして、がっかりして坐って下から持って来たこのペンで書きはじめました。ペン先を紙に少し包んで持って来たのが、この間野原へ行くとき机の上を片づけ、何かと一緒にまぎれてすててしまったらしい。御愛用の金Gがこの頃益※[#二の字点、1−2−22]大切になって来たので箱から分けて来て却ってバカをしてしまいました。
 さて、十八日づけのお手紙をありがとう。お体のことについて書かれているところが消してある。あなたが何か書きかけたのを消していろいろ気をつけるとかいてだけある。それは、大変私の想像を刺戟しているのですが、どうなのかしら実際のところは? 本当に大丈夫でしょうか。少しよろしくないがいろいろ気をつけているというわけでしょうか、そうとしか考えられないので気がかりな次第です。どうぞどうぞお大事に。呉々いろいろとお気をつけて下さい。
 きょう野原の叔母さん富ちゃんと一緒に広島へゆかれました。金談のため。お手紙にあることは、口があきる程申しますが、もう云われて聞くという段階は一家がその気分から失っています。小父さんが株でなけりゃいけんと云われてはじまったのだそうだから。それに、ごくひくい常識というか何というか、ああいう人々には、例えば私が金を大儲けしている上で、そんなことは下らんと云えばフウムと首をかしげるが、私たちのような生きかたをしているものが云ったって、それは道理だが[#「だが」に傍点]と現実にはききません。実験をしばしばやってそういう結論に到達しています。
 隆ちゃんはおできと風邪で床に三日ばかりついていたが今日はもう働きに出て居ります。このひとは律気者でよく働いて、やさしい心をもっています。
 達ちゃんへの手紙に書いてやることよく承知いたしました。出かけるとき繰返し申しましたが又云ってやりましょう。酒は既に身についているし相当遊びもする。遊びを知っているんだから心得もあるようです。しかし念には念を入れて申し
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