続的な条件に対して何か備えたいと考えられたからでした。主を主とするために、と考えた。だが、そう云っていてはきりがなくなると云われ、将来の自分の時間というものを勝手に都合よく予約ずみのように考えていたことが、誤っていたと思います。私の事情として、今二つに分けて考えるのが抑※[#二の字点、1−2−22]《そもそも》という点も、その心持のぐるりを細かにしらべて見れば、やはり貴方が指し示して下すった点の重要さがわかります。本当にありがとう。あんな短い時間のうちに、これだけ大切なことを云って貰えたことを私は感謝するし、又、貴方としたら何か歯痒《はがゆ》かろうとすまなく感じます。あの足場から、この足場へと、はっきり着々と堅固にのぼってゆく途中で、次の岩の方へ手をのばしながら、頓馬に首をのばして下をのぞいているみたいであった。
登山の初心者はこれをやって、そしておっこちたのでしょう。貴方のこわい顔でそこ、そことさされ、その地点の性質もよく見きわめたし、足がかりの刻みつけかたも、分っていたところと一層ウム、成程と身に徹《こた》えた。このことについては、ここに書き切れない位の感謝があります。本当に私のありがたく感じている心をうけて下さい。このことは当座の役に立つきりのことではなくて、何か生涯の一貫性のことですから。芸術家としての。
私たちの経済については、すっかり貴方の仰云るとおりにしてやってゆきます。そしてすぐ又つづきの仕事に着手しますが、もう十日ばかりは辛棒して下さい。ひとの好意に対する私の義務というものもあり又そのひとが他に負うている責任もあり、それだけはさっぱりと果すのが本当だと思いますから。
貴方に指されて、わかり、わかろうとする誠実さをもっているというのが、せめても私のとりえであるけれども、私とすればちっとも威張れたことではない。人間の出来ということについても考える。随分身も心もしめて、いるのだけれども。そして、そう考えると涙がこぼれる。出来が粗末なところのある人間だと考えると、大変悲しい。いつでも。最も重要なことが、人生について、芸術について見とおせるような実力のあるものになりたいと思います。
この間、私は何かつべこべ云ったようで心持がわるいけれども、あの折の心持で、何だかすっかり主を従にしていると思われているのではあるまいかと、びっくりした心配な心持になったの
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