で、あれこれ並べたのです。でも、考えて見れば、それはぎりぎりのところでは、当っている観察なのですが。勿論今はそのことも分っているのです。
 丸善へ行ってきいたら、分類目録はつくれないのだそうです。只今のところ。為替がどんどん代るし、本の種類のよしあしもかわるので。しかたがないから『学鐙』と一緒に『アナウンスメント』をお送りして貰うことにします。『大尉の娘』は東大久保の家で見つけ出しました。プーシュキンの全集とゴーゴリ、チェホフなどあります。順々にお使いになれます。
 他の本、今明日うちに届くからお送りします。生活の細々した日常のことは、ちゃんとした筋がとおっていれば、それに準じておのずから整理され、純一されてゆくものですから、どうか御心配なく。まさか私も、小道具で舞台を見られるものにして貰ってゆく役者ではないから、その点は本当に御心がかりなく。
 手紙をかきながら涙をこぼしたりして。人生の過程の様々の瞬間について考える。小さなような、而も深い深い有機性をもっている畏《おそ》るべき底広き渦紋が在る。或るほそいほそいすき間からさして来ている光線は一条であるが、その彼方に光の横溢があるというときもある。私はその渦やそのすき間を、感覚にまで浸透して感じ、目撃することの出来るのを、おどろき、うれしくありがたいと思う。これは、七日の貴方の非常に優れたおくりものに対する謙遜な妻の礼手紙です。では又ね。

 四月十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 四月十八日  第十八信
 さて、この間九日に手紙を書いて、きょうは九日目。手紙を、あれを終ってからさっぱりとして湯上りのようにあなたに書きたいと思って、きのうも一昨日も、ああ書きたいと食慾のように感じながら辛棒した。
 この手紙はそれで、今、私への褒美《ほうび》というような工合で書いているのです。
 それでも、私はやっぱりやり通してしまって、一種の満足があります。丁度家の掃除をせっせとやってやれいい心持と感じているような工合で、大して自慢するようなたちのものではないけれども、やっぱり一つのことを仕終ったという快さはあります。貴方に云われたいろいろのことを非常によく身に泌みているので、決して洒々といい心持がっているのではないから、この一寸した満足感を喋るのだけ何卒《なにとぞ》苦笑して黙ってきいていらして下さい。私とすれば、
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