黷トいる。
そういう街頭の光景を眺めて、横丁へ入って行ったら、見たことのある爺さん、袢テンすがたで荷車に何か積んでいる、壺井さんの家の石段々の下で。おや、と思い格子のところへ行って見たら、まあ、引越しのところです。
「なんて、あやういところへ来たんだろう」
「あしたのいまだったら、どうしても運送やさんが、くり合わせつかなくて。」栄さん単衣一枚、手拭をかぶって、せっせとお握りを握っている。繁さん、真面目のような、我ながらびっくりしたような顔で、口を尖《とが》らせ乍ら、一生懸命本をつめている。前日にきまったのですって。大嵐の夜、二階が吹きぬけのない袋六畳だもので、雨戸をとばされ、ガラスは破れ、今にも飛びそうなので、畳をめくって夫婦で夜明け迄押えて遂に倒壊を防いだ。おまけに、この間の地震で、もう迚も辛棒ならず。あなたにあの珍しい家を見せられないのは夫妻の遺憾とするところでしょう。畳のベコベコなのはあなたも島田で、お驚きになりますまい。しかし、ああいう折れかかった鴨居と隅の落ちた床。決して女の力では明かない玄関の格子というような物狂い的家屋は、おそらく話で人を信じさせ難いものでした。
大家さん、株式暴落まではクリスチアンで(細君)栄さんが「怒っても子供にああいうやさしい声でものが云っていられるって、どういうんだろう」と、足かけ四年感服していたが、去年あたり破産に瀕したら、人生の波の方が真率で、その細君をきわめて人間らしいものに戻しました。大家さんのおかみさんらしいものに戻した。新しい家が九分迄かりられそうになると、わけのわからぬわけで駄目。ははアと心付いて、新しい家は急にきめてしまった由です。
お人形、時計、そんなものを持って、折からの雨中、傘を並べて新居へ行ったら、天井も床もしっかりしているので「ああ、これで安心した」と大笑いしました。「天井も菱形じゃないからいい」と私が云って又笑った。
中野区昭和通一ノ一三です。
――○――
けさ八時前に御飯たべていたら、大家の女中さんが来て台所で何か云っている。大工さんをよこしますそうです。大工が来て、世話焼の七十何歳とかの爺サンも来て、玄関のカマチと四隅の柱、台所、湯殿のカマチと直すという。応接室の建ましは断念と見えたり。何しろ縁側がない家だから、大雨だと外の羽目から雨がしみて、室内の欄間の壁が大きい地図のようなカ
前へ
次へ
全237ページ中129ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング