ちらは一昨日から晴天つづきで、只夜ひやっこい東風が吹くだけだったので、いかにも東京から遠くはなれていることを感じました。きょうはお母さんも汗をおかきでしょうから早く湯をわかして私は髪を洗います。椿の実をつぶしたので。昔うちで椿の油をしぼったってね。徳さんが手紙をくれました。支那語をものにして来たので、面白い翻訳をしたそうです。いいものを身につけましたね。私の有益な読書は面白さにひかれて予定以上に進み、もう今日あすで終ります。沢山の真面目な話題があります。
日本のアパートというのは、宿やのようなものね、ちっとも室即ち一軒の独立性がない。いくらでも管理人が留守にあける。同潤会でもそうらしい様子です。アパートメントとしての性質をはっきりもっているところは、一種の高級アパートメントで、これ又至って臭気がつよい。庶民的でなくて、飽きの来るセット式ハイカラーさが漲《みなぎ》っている。葱《ねぎ》をぶら下げて出入りなどすることが出来にくいように出来ている。アパートメント生活がもっと一般化して、もっとしゃんとするには やはりそれとしての歴史が入用なのでしょうね。現在のところではとかく長屋式、お目つけ式なものが混《まぜ》こぜになっている。江井のやりかたなど見るとよく分って興味があります。営業だからね。
今月もきょうで終り。二日に四七日があり十日が五七日で御法事があります。百ヵ日まではこれで一段落ということになりましょう。今月の手紙はこれで終りにいたします。お体を呉々お大事に。誰でもこう急に暑くなると閉口ですから。隆ちゃんは午前中珍しく家にいます。では又
七月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 山口県島田より(封書)〕
七月四日 第三十四信
毎年こんなに東海道山陽本線が梅雨期に度々不通になったでしょうか、ラジオのニュースをきいているとびっくりするほど今年はあっちこっち不通です。「雨並に水に関するニュース」という題で放送している。
六日
きょうはお父さんおかくれになってから丁度一ヵ月目になります。出征する人、送る人ぞろぞろと前の通りを通っている。隆ちゃん達は昨夜十二時すぎ室積から電話がかかって徳山から氷をつんで行ったのが、今午後三時前まだ戻らず。何でもサバが大漁で急に仕事が次々と出来ているのでしょう。夜中でも唄をうたいながら出かけて行った、二階から下りて行って、「熱いお茶でも飲
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