フです。作家が、自分の存在の客観的な意義を理解しない、理解する力をもたぬことは実に恐しい誤りを引起すものです。ジイドにしろ。だから、あなたが私の客観的理解力、進退等についていろいろ注意して下さることの価値は十分わかるつもりです。断乎とした忠言者のないこと。そしてその忠言には常に正当な私の仕事に対する努力の評価がふくまれ、更によりよいものを求めてなされるものである、そういうものが乏しいことは、たしかに私の可哀想と云えば云えることです。谷川などはまだまだいい方よ。私たちの作家としての存在そのものが、現在にあっては抗議的存在です。作家として粘ること自体がいかがわしい文学の潮流に対してのプロテストであり、今日もし私たちが阿諛《あゆ》的な賞讃など得られるとしたら、それこそ! それこそ! 謂わば、もし賞《ほ》められたら、それこそ目玉をくりむいて、賞めた人と賞められた点とを見きわめなければならない。そういう状態です。今日賞讃の性質は、従前のいつの時期より恐ろしい毒素をふくんで居るのです。私は賞められないことには、既に馴れています。賞められたくなんかないが、私たちが褒められないことの意義と、その健全性を、ヨシヨシと云って欲しい。実に、実に。抽象的に云ってはおわかりにならないかもしれないが。でもわかるでしょう?
今日作家としてまともであるには、単なる自分の才能の自負とか閲歴とか、何の足しにもならず。却って才能云々はその人の道をいつしかあらぬ方へ導く百パーセントの危険をもっている。私の人生派的傾向が、思わぬ力で今日の波瀾の間に私を落付かせているのです。この頃の室生、小林、林、河上、佐藤春夫、その他を作家というのであれば、私や稲公は作家の埒から夙《つと》にはずれているようなものです。或意味で、今日は文壇が自解[#「解」に「ママ」の注記]しつつあるばかりでなく従来の概念での文学が揺れている。逆な力で優位性の問題が出ていますからね。
私はここで活々として暮して、台所を手つだったり、風呂燃きしたり、全くわが家と暮しています。私はこっちへ来て、非常にこれまでの話と種類の違った稼ぎのいろいろの話をきいて、どうも思わぬ収穫を得つつあるらしい。この次の分はこちらで拝見出来るかしら。お大切に。花を入れました。
四月五日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 山口県島田より(徳山・幸町通りの写真の絵はがき)〕
四月五日。ひどい風ですが、野原の叔母さん、冨美ちゃん、多賀子、こちらはお母さんと私という同勢で徳山公園のお花見にゆき、かたがた二番町の岩本さんと井村さんのお宅により、私はお母さんの後からよろしくと申して来ました。徳山中学校の屋根が見えました。徳山銀座で私がころびました。徳山駅は目下改造中で大ゴタゴタです。きょうは日がいいと見えてお嫁さん二組に会いました。
四月五日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 山口県島田より(封書)〕
四月五日曇天、島田からの第四信。
こちらへ来てから十日経ち、家にもおちつき、いろいろこれまでの手紙で書いてあげ落したことを思い浮べます。今父上は眠っていらっしゃる。この頃はお母さん午後ほんの一寸体を横になさいます。夜、ゆうべ三度もお起きになりました。夜の世話が母さんには一番健康的にもこたえるのですが、どうもお后《ゴー》さんでなくてはお父さんのお気がすまない。あなたはきっと、こんなに気の折れて「お后《ゴー》ここへ来《キ》」と炬燵《こたつ》に自分のそばにおきたがっていらっしゃるお父さんを想像お出来にならないかもしれませんね。おや、下でガタガタいっている。きっとお父さんの御用便ですよ。(中止)何て重いお父さん! しんが非常に御丈夫なのね。一日おき二日おきに自然便がおありになります。木の腰かけ便器ができていて、そこへ、かけ声をかけて動かし申すのですが、女三人ではほんとにやっと、やっと。
この間、宮島へ行ったとき夕方からあすこの岩惣《いわそう》という家の、川の中にある離れに休んでお母さんといろいろ話しました。そして、達ちゃんの結婚式のとき、ハイこれは顕治の嫁でございますというのもおかしいから、こんどかえり間際にでも、一寸ものを持って組合[自注11]と近所にお母さんがつれて挨拶をして下さることになりました。三十一日に急にタオルを三本一箱づめにしたものを東京へ注文したところ(十七軒分)。私は「ここのもの」になりました。これはいろいろ面白いの。きのう徳山にいられる甥(銀行員)が娘さんのお嫁のことで見え、私が初めて紹介された。前かけをかけていたら、お母さんそれをおとらせになって、髪をかきつけてきた私を一寸しらべるようにみて、そしてお引合せになるの。私がお母さんのわきでお茶をいれたり何かする。それを、お父さんまで至極満足そうにして眺めていらっしゃる。こういうと
前へ
次へ
全59ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング