1−84−22]も花柳小説を昔ながらの花柳で描く恐らく最後の作者であろうが、荷風を比べると、その蕩児《とうじ》ぶりがちがう。※[#「弓+享」、第3水準1−84−22]が花柳の中に「まごころ」を云々するところが※[#「弓+享」、第3水準1−84−22]の持味であったのだが、この発生は何処からでしょう? こういう一つらなりの日本文学の消長を何かしら語るものがあると思う。水上瀧太郎が云っているとおり、「まごころ」も身勝手しごくであるが、粋の要求も身勝手なものですね。
洋画では、特にこれこそというものはなし。中村研一などやはりうまいことはうまい。高間惣一が「日の出に鶴」なんぞかいているし、文部大臣賞を去年貰った男が、いかにも人をくった模倣の露出したコンポジションと不快な色感で通州というのをデカく描いている。私たちのすきであった絵ハガキをお目にかけましょう。
かえりには、『日日』へよって、細君が随筆をかいた稿料をとって、三人で不二家で食事をして、私は現代ドイツ音楽の夕へまわりました。今日の作曲家たちのものです。私たちぐらいからの年頃の。何だか大して面白くなかった。演奏の技術が弱く貧しいためもあるが。――断片的でした。音楽の中の生活感情がつよく一貫していない。
そう云えば、此間、国際文化振興会主催で、輸出する映画日本の小学校、活花《いけばな》、日本画家の一日、日本の陶磁器などを見ました。この前の手紙に書いたかしら? 小室翠雲が竹の席画をしてそれをうつし面白く、又陶磁器は特に秀逸でした。これまでよりずっとましになっていた、文化映画として。小学校の方も、板垣鷹穂氏らの都市生活研究会とかがこしらえたのより遙にヴィヴィッドであるし、生活が出ていてよかった。下で今げんのしょうこを煮て居ります。陽がさしている。体がすこしだるくて。
御気分はこの頃ましですか。もう冬の日ざしですね。今年は秋がなかったようです。苅った稲をしごけないのに雨がつづいたから、豊年であったのに不収穫であるよし。
十一月十九日夜 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
十一月十九日 第三十七信
きょうは何とくたびれたでしょう。風に真正面から顔を吹かせながら歩いた。真直原っぱのはずれから家へ帰る気がしないで、あなたにあげる文展のエハガキを買いに、神田の文房堂へまわりました。思うようなのがなかった。日本画がないし。吸取紙を買っていたら、これまでの白い厚いのはなくなって同じようでも和製で吸収がわるいから薄い方がいいと教えてくれた店の男が、私を女学校のときから知っていると話しはじめました。まあ、とびっくりして感心した。私はここの原稿紙で小説をかき出したのですもの。二十五字詰で、そういうのが例外であることも知らず、「貧しき人々の群」はそれをつかった。思い出すことが、沢山あったがそのことまでは話さず。かえって新しい花をテーブルの上に飾って、ベッドに入って、まるでまるで眠った。
寿江子が来て、又一緒に一寸出て、燈火の消えている街々の風景を見学して来て、エハガキの小さいところへ字をかく気がせず、こうやって手紙をかきます。本当は、私は今頃小説をかいていなければいけないのに。字を間違えたりばかりするから、あした早くおきてはじめましょう。あしたの夜は眠れなくてもかまわない。
ひどい、永い病気とたたかったのち、次第次第に治癒力が出て来て、生活力がたかまって来る今のあなたのお気持は、本当にどんなでしょう。さしのぼる明るさや響や波動が内部に感じられるようでしょう? 私はそこをあっちこっちに歩く、眼をあなたの上につけて。それらの感じは、全く私の感覚の中に目醒めるようです。私はこの夏本当に苦しかった。今になってみれば苦しかったわけであると思います。どうか、どうか益※[#二の字点、1−2−22]自重して、その大事な生活力を蓄えて下さい。小説をかいていて、熱中して書いていて、いよいよおしまいが迫って来たというときの、あの何とも云えない内からせき立てられるような感じ、それをぐっともって重く愈※[#二の字点、1−2−22]《いよいよ》慎重にと進んでゆくあの気持。快復期の微妙な感動と歓喜は非常に似ているようです。そこがさむくさえないならば、雪の美しささえ似合《ふさ》わしいというような生活感情の時期なのでしょうけれど。もしかしたらあなたは、私たちの生涯の生理的な危期をどうやらのり越えて下すったのかもしれない。私のよろこびがお分りになるでしょうか。分るでしょうか。ああ。
私は何だか何日も何日も眠りとおしたいように気の安まり、ほぐれた感じです。一寸あなたの袂の先でもつかまえて眠って眠って、眠りぬきたい。この手紙はこれでおしまい。
十一月二十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(山下大五郎筆「中庭の
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