盾閧ワす。あすこには林町になど全くなかった生活の空気がある。
 あなたが少年の時代から御自分の周囲に感じていらしったものと、私の周囲にあるものとは、社会での場処がちがうとおり質がちがっている。あなたの経験していらっしゃるものの中には(家族的に)皆察しのつく、そしてその条件ではやむを得ないと理解され得る質のものです。
 私はあなたが周囲に対してもっていらっしゃる思いやり深さやさしさを殆ど驚く程ですが、あなたにはそれが可能な根拠がある。
 虹ヶ浜へおつれしようという話も、かえる頃には不可能らしいとわかりました。お后さまは家をお離れになれないし、お父さんにはお后さまは不可欠である。そして店も。やはり活動の圏外にいることはおいやなのです。動かし申すだけ疲れるだろうというようなことで。――夏は葭戸でもこしらえ、新しいきれいな蚊帖《かや》でもあげようと思います。そして秋またゆきましょう。これは親愛な笑話ですがよくよく覚えていらして下さい。私が島田へゆくときあなたのお手紙で、ユリも暫く滞在したいと云っている云々とおかきになった、お母さん方の時間の標準で暫くと云いゆっくりと云うのは最少限一ヵ月なのよ。一ヵ月以上なのよ。私は笑い出したが何だか困ってしまった。わるくて。早くかえらなければならないと云うのが。長くいるように云って下さるの、うれしい。でも島田で仕事することは不可能です。だから秋に又ユリもゆっくりということは何卒保留しておいて下さい。ほんとうにわるいから。がっかりさせ申すのは。――野原にはよっぽど前、長いお見舞をかきました。仏壇の話も添えて。
 あなたがこの手紙で本旨だけと書いて下すっていること、私の妙てこ理屈についてあなたが書いて下さるのは大変にいい。楽しみにして待って居ります。私はあれを書いたときの心持で今日は居ないから。しかし、ああいう妙な押し出しをしたことの根底には、私のバカなむきがあったのですよ、分っていらっしゃるでしょう?
 あのとき貴方は、ユリが作家としての生活、その名の中では幾分安易な気分もあるだろう二つに足をかけている生活云々と仰云った、その言葉を、云われていない言葉の内容にまで入らず、そこに出ている角度でだけ、しかも全身的にうけて、私はあの当時の不快な条件もあったから、まるで一匹の山あらしのように苦しくなってしまったのでした。ああ、貴方が私に[#「貴方が私
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