ニしてその中に主観的に没入することは一定の情熱の量をもったすべての過去の芸術家が生きふるして来た道です。謂わば息絶えなんばかりの心持を、新しい客観的な価値として、芸術的にこの現実の中に再現してゆくこと、其は実に実に大仕事です。
 本当に、昔の芸術家の感動はその人だけの幅で流れた。今日は世界の振幅をもっている! この幅、つよさ、錯綜、それが一人一人の中に鳴り響いている、その姿を描くこと。やっとそろそろ鳴り出した私の交響楽はどこまでその響かすべき音響を奏し切るでしょうね。
 十月一杯に五十枚ほど今日の文学について書くことがあり、それを終って又小説にとりかかります。長い小説というものはまことに書くべきものです。その中で作家は成長し得る。
 お体について、私は最も苦痛な心配というような気持をここの峠ではのり越えたような気分です。これから無理さえなかったらやや平穏ではないでしょうか。あの暑気であったもの、たまったものではなかったのです。冬は却ってましです。風邪さえひかないようになされば。
 私は今あなたからの手紙を、この紙に半ば重ねるようにして左手に並べておいて、読んでは書き、書いては読んでいるのですが、字というものは何と肉体的でしょう。ここに簡単に百合子と書かれている。三字のよびかけに無量の含蓄がある。或人によって或場合書かれるわが良人へという宛名は、良人へという一般的な代名詞にしかすぎず、而も他のあるものにとってはこのたった五つの字が存在の全幅にかかわっている。生存の根に響く内容をもっている。人間の心のちがいの面白さ。
 今夜はもうこれでおやめ。今頃は何の夢? 夢なし?

 十月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十月二十五日  第三十三信ぐらいでしょう?
 今年は実に雨の多い秋でした。きょうは珍らしくいい天気、きのうは日曜日で私たちとしては本当に珍しい一日をすごしました。戸塚の母と子供ら二人、栄さん私、井汲さん母子という顔ぶれでピクニックしたのです。私はもう五年も前にそういう遊びに出たきりだったので、珍しく、頬っぺたは大気の中ですこし日にやけてピチピチしたような気分で、夏以来の気分のしこりがとけたよう。
 行った先は池袋から東上線というので朝霞《あさか》。薯《いも》掘りです。曇っていたので、どうするか分らなかったが、大きいお握りや島田から頂いて来た玉
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