ア炎のための薬、暖い下着、夜具などお送りいたしますから。
私が野原へもゆき、十三日には野原からも島田へ来られ、先頃じゅうのもしゃもしゃも一応調和状態になって居りますから御心配なく。多賀ちゃんも島田で手つだってくれるつもりで居りますし。私も今度は盲腸も痛めずかえりましたから御安心下さい。この頃割合にましな方です。あなた野原の克子と冨美子ととりちがえていらっしゃるのではないかしら。一人前の手紙をかくって。克子は一番の姉娘です。この間あげた手紙の主は冨美子よ、今小学の六年生の。いつぞや私が間違えた高校時代の賄のことはよく申上げてきました。お母さんはもうすっかりお忘れだから鶴さんの返事をまちましょう。経堂辺に住んで出版屋につとめていられるらしい風です。緑郎、寿江子、友達たちへのおことづけは皆申します。稲ちゃんのところでは鶴さん又盲腸らしい由。十七日には御飯一緒にたべようとたのしんでいたのに。――
このお手紙にもある大きい平安の気持。私には非常によくわかります。日常の便宜性に関しないというその性質も。我々の生きてゆく道について考えるとき、その心持は私の心にも実に充満して来る。互を流れ交している水が噴水のように粒々となって、ひろびろとして或微妙な輝きをもって照っている水の面へ落ちてくる。その複雑な、優しさと勁《つよ》さと無限の的確さをもった粒々の音。心の耳を傾けて聴けば聴くほど美しさの底深さが迫って来るような音とひろがりの感覚。この裡には何という歓喜と苦痛とその苦痛さえも熱愛する情熱がこもっていることでしょう。私は、この名状しがたい感覚を、自分の芸術家としての成育の上にどこまで摂取出来るだろうかと思うことが屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》です。何故ならこの緊張したその極点にあって鳴り出すような人生の美感はあまり強くて、それを芸術家魂で支えるには、よほど素晴らしい芸術的稟質が必要であるから。おわかりになるでしょう?
ユリがこのような人間的豊饒さへの過程と作家的成熟とを、一定の土台の上に立って極めてリアリスティックに、十分の歴史性をもって客観的に完成させようと努力していることは。そして決して其はたやすいことではないのだから。容易に完成するには余り私たちの生活に豊富なものがありすぎる。それにおしつぶされないように。おお、それは迚も猛烈な作家的自己鍛練です。感動を感動
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