ト一番手近い機会にすっかりすましてしまいましょう。
 きのうは本当につかれた様子をしていらしたし、いかにもおなかの気持がさっぱりしない風でした。其でもあなたの心持がやっぱり相変らず平らかで、笑顔も暖く励ます光をもっていることは本当に本当にうれしい。私たちはいろいろのことから健康を失ってはいるが、私たちに健康を失わせた人生の経験は、私たちに不健康の中でも、互の笑いに輝きあらしめる力を与えているというのは何と微妙であり意味ふかいことでしょう。病気であるのに猶且つ健康な人々の心のはげましになり、生きかたのよい刺戟になり得る。私も及ばずながら病気したってそういう風に病気をし、それを克服してゆこうと思います。
 では又ね、ゆっくりいろいろ書きます。どうかおなかのブツブツが早くましになれ!

 九月四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 国府津より(御幸ヶ浜海水浴場の絵はがき)〕

 九月四日、四五日いなかった間に国府津はすっかり秋めいて来ました。御気分はいかがですか。おなかのいやな心持はずっと同じですか。私は盲腸がつきものになってから、そのおなかの感じがややわかります、眉のところへ反射して来るようなあの感じ。お大事に熱は下りましたか? 涼風が立ってしのぎよくなったらとたのしみです。ジョルジュ・サンドの「愛の妖精」というのをよんだ。一種のお伽話《とぎばなし》ですね。

 九月十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 九月十一日  第三十信
 非常に荒い天候ですね。きのうの雨のひどさ、きょうの風のきつさ。南風だから落付かぬ。お気分はどうでしょう。本当に早くカラリとして秋になればよいと思います。そしたらさっぱりとなさるでしょう、そう思う。本年の残暑のきびしさには鬼もカクランを起した位です。
 さて私は八日の朝、国、咲、私と三人で国府津からかえりました。出征する若い兵士とのりあわせ、東京まで来て、一寸林町へより、南江堂へ来ている本をとり目白へかえりました。家の方はSさんのお母さんが来ていてくれたので全く安全。どうしても栄さんの顔が見たく電報を出して夜来て貰ったが、ほかにも忽ち数人のお客です。あなたに手紙をかきかけたのがそれで中絶。次の日は、いろいろな人に入れてやるものを荷造りしたり、夕飯を戸塚の夫婦栄さん夫婦とたべて夜いろいろ物語。
 きのうは雅子さんが真黒に日にやけ、体のしまった形
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