フ夢をそのまま書いたら、ひとはこしらえた物語というでしょう。本質が、その筋を貫いている。非常に美しい行為と涙とがあるのです。私の体を貫いたために、あなたは死んだようで死んでいないという風な。面白い。ああ、本当にそれが夢だということを、きいたら人は信じられないでしょう。私は滅多に夢を見ず、たまにこういう夢を見る。面白いわね。こまかい部分をきかせて上げたいと思います。では又。

 六月二十日 〔豊島区西巣鴨一ノ三二七七巣鴨拘置所[自注14]の宮本顕治宛 目白より(封書)〕

 六月十三日 日曜日 曇。第十六信
 きょうは母の三年祭の日です。一九三四年の六月十三日は大変にカッと陽のてりつける暑い日で、父が迎えに来て杉並から胸に氷嚢を当てて順天堂に行ったら、十五分ばかりで母は亡くなった。あの日の暑さや光線や父の顔や、まざまざとして居ります。お祭りはきのうにくり上げてやりました。
 ところで、あなたのお体はいかが? お暮しはどんな工合ですか。この手紙はまだ出しません。でもどうも書きたい。又連作にしてお目にかけましょう。
 私はこの一月頃から半年ばかりの間に随分沢山評論風な仕事をしました。その結果、自分の仕事というものについて一層いろいろの理解がふかまって来た感じです。つまり、私は評論風な仕事における自分の特質というもののプラスとマイナスの点がはっきり分り、現在の自分として、どの位までのことが出来るかということも分ったのだと申せます。そして、まことに面白いことには、この間の手紙でも一寸申したように、自分の評論が先へ先へと押してすすめてゆく線を、今は作家としての半面がついて行っている(両方一足ずつチャンポンに前進する)ことが分った。こういう云いかたは私らしすぎるが――お分りになるでしょう? 書いて行くということについても、何か一つ目がひらけたようなところがある。普通、芸術家たちは書く[#「書く」に傍点]と云い、私もこの永い年月書いて来ているのだが、書くということは存在させること[#「存在させること」に傍点]であるというのを、感覚としてまで感じているのはこの頃です。それが文字によって存在させられなければ、どんな作家の善意も努力も生活内容も存在[#「存在」に傍点]として実在しないという事実は何とおそろしいことでしょう。書かれてはじめて、それが存在し、自分やひとに働きかけて来るものとな
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