。ここに水上泰生(水彩画家)の別荘あり。
東京からスキーヤーが来るとき、土地の農民は山案内をしたり、千本で一円の箸を内職したりします。竹カゴもあむ。
十月十四日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 長野県上林温泉より(長野市風景の絵はがき)〕
十月十四日の夜。あした一寸東京へかえるために栄さんとカバンつめを終ったところです。この間書いた手紙で、私はここに落付けず閉口しているところを書きました。けれども健康のためにもう少し居る方がよいし、きょうは十日間の収穫として短いこの生活のスケッチなど『サンデー毎日』に書き、段々調子がついて来るらしい。二十日頃にかえってずっと仕事をします。いかにもここの空気が気に入っていて(本当の空気です)、何だかまだしんにのこったかすまでがさっぱりしない心持ですから。これは変な字ですね。スエ子の万年ペンが出て来たので、それでかいている。長野市は中央がずっと傾斜をもった町で、横通りを見るといつも山が見え一種の情趣はもって居ます。
十月二十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より(中村不折筆「芦の湖」の絵はがき)〕
十月二十一日。
きょうは雨つづきの後の晴天で、珍しく川口さん夫妻が小さい娘の南枝《ミナエ》子をつれてきて、うちの太郎と動物園へ今出かけたところ。私はカゼで門のところに佇み、黄色いずくめの太郎が初めて会った南枝子の手をとって歩いてゆくのを遠くなるまで眺めました。きょう布団カヴァー、シャツ下へきるもの等送りました。四五日うちに新しい夜着もお届け出来ます。この絵は文学的ではあるが、不折が描くところ面白いでしょう? 私は気に入って居ります。
おなかの工合はいかがですか。一口にたっぷり口に入れてゆっくりかむことは大変よいそうです。〔約五字抹消〕もそのようにかむ。ゆっくり昨夜話し、いろいろ愉快でした。「批評は現在体で書かれた歴史である」という言葉をキイノートとしている由。
十月二十七日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
第十七信。
十月二十七日(火)ひどい風。
きょうあたりお手紙が着くかと思っていたがまだ着かない。待っていず、書いて、出してしまいましょう。先週の火曜日には、いろいろのエハガキをなるたけ沢山御覧になったらと思い、わざと私の手紙は書かなかったから。――
お体はいかがでしょう。中川へ夜着のことで電話をかけたら、まだやっぱりそちらのおカユのようですね。あなたはリンゴをたべていらっしゃるでしょうか。生《なま》の果物でもあれは赤痢の新療法に使用される位有益です。よくかんで一日に二箇ぐらい召上れ。胃腸がよわっていてもリンゴは特別です。それに、もし胃腸がうけつけたら鉄とカルシューム補給のため、バタと鰯《いわし》、鮭《さけ》の類、カン油なども是非あがった方がよい。私はいろいろ考えてね。あなたの胃腸のわるい原因がやっぱり胃腸から吸収されるものによって癒されるしかないことを思い、まことに隔靴掻痒《かっかそうよう》の感です。鉄分とカルシウム分の減退は著しいのだから、どうかどうかその点を御注意下さい。バタ(北海道と指定して)をつけたパンは駄目ですか? 何とかしてバタをあがるとよいと思うのだが。
私の体はこの間又ケイオーで診て貰いました。ラッセルはもうすっかりなくなっています。御安心下さい。オリザニンをのみ、過労せねばよい由。過労をしないということは、仕事をよく配分することであるから、私はそのことを心がけて、仕事は十分、多量にして居ります。一月号の『中央公論』に小説をかくので、上林へかえることは中止しました。本をよんでする仕事と小説とは全く違った雰囲気を要求するのでね。然し、上林へ行ったことは、あれだけ外気の中で山を歩いたことは実にきき目があり、体にも気分にも大変のプラスでした。ちがった場所での生活の観察もよく、私は「上林からの手紙」というのと「山漆《やまうるし》」というのと二つ随筆をかき、猶書きたい。これは小説を書く気分とごく近いものなので、そのためにもようございます。作家評伝の間に小説をはさみ、その小説のプランは長篇として立て、一部分ずつ「伸子」のように書いてゆくのです。いいでしょう? なかなか。評伝は十二月初旬小説が終ってから再びつづけて、前半のように緻密にして生活的であり、生活と芸術とその歴史性の掘下げでユニークなものを完結します。小説もそのように生活のディテールと活力の横溢したものにしたいと思います。「乳房」を書いているから、きっとよいと思う。あれからもう育ってきているから。まだ、だがプランの詳細は出来ていない。毎日もうそのことに、心がつかまえられています。
林町の例の二階の机に向って、計画中です。
国男の体は大分回復して来ました。でもまだ疲労熱を出す。十一月の初旬
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