た。
てっちゃんも相変らずねんばりとかまえて悠々して居る模様です。弟がお母さんと上京してどこかにつとめている由。てっちゃんのおくさんの体がよくなくてね。光井の叔父上も相変らず、かっちゃん[自注4]のお嫁入りはもう二三年のばす由です。このかっちゃんと、私は虹ヶ浜へ昨年の一月行きました。それは冬の海で松林が私に多くの想像を刺戟しました。あの松林に月がさしたらどうであろうかと。そして、あなたのかりていらしたという家[自注5]を眺め。
そちらで着物はもう冬着ではむさくるしいでしょうか、まだ袷《あわせ》は早いかしら、夜具も、うすいのをこしらえてお送りいたしましょう、夜具は五月に入ってからでもよかろうと思います。スエ子のハガキ御覧になりましたか? では又。御元気で。
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[自注4]かっちゃん――顕治の従妹。
[自注5]あなたのかりていらしたという家――顕治が大学一年の夏そこで暮した。
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四月十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より(封書)〕
第十一信 四月十一日の夜。
きょうは、何と暖だったでしょう! きのうあなたの四月五日づけの手紙をいただき、元気になって仕事をして、ゆうべは十二時頃一旦ねて又おき、その「花のたより」と題する感想を終ろうとしたら、もうベッドに入ってからつる公がやって来て、詩の話や秋声の話やらをしてすっかり予定が変更。けさは十時頃おき、書きあげた原稿をナウカへ届けて、それからスエ子が三四日前から入院したケイオーへまわろうとしましたが、本屋を歩いたのでくたびれ、雨も降って来たのでそのままかえり、栄さんのところで新鮮な野菜をいっぱいたべ、家へかえりました。今は夜の十一時すぎであるが机の上の寒暖計は六十三度です。冬中この二階は隙間風がひどく四十度前後であった。でも私も今年は風邪をひかず、その事ではあなたの御自慢にまけません。私の方は健康だわしの励行が大分によい結果を示しているらしい様子です。この頃は、毎年のことであるが、どちらかというと疲れ易く、しかも眠い事と云ったら! それはそれは眠くて春眠暁を覚えずという文句を、実に身を以て経験中です。バカらしく眠いが、これは何か必要があるのであろうと思い、ゲンコを握ってグースーです。グースーと云えば、今度の稿料で私は自分のためには、辛うじてベッドを一つ買うことが出来ま
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