があったのかと一九三二年以後、思わず呻《うな》るようなこともある。それはいつも滑稽さと悲痛さとの混ったものです。
そういう仕事のために栄さんは私より私の家族の心持に通暁してしまったのも亦面白いでしょう。栄さんには伝記者としての資格がついてしまったと笑うことがあります。私の机の上には、クロームの腕時計[自注24]に小さい金の留金のついたのが、イタリー風の彫刻をした時計掛にかかってのっている。この時計は不正確なような正確なような愛嬌のある奴です。この頃は大体正確でね。日に幾度か私に挨拶をされています。夏になったらこれで又三十分もおくれる気なのかしら。――
この家、何という可笑《おか》しな家だろう! 二階の廊下を暗い中で歩いていたら台所の灯が足の下に透いて一条に見える。何てひどい建てかた! この話を林町の父にしたら、地震につぶれぬよう羽目にかすがいというか斜木を打ってやろうと申しました。そう云ったけれど、それなり忘れているのです。相変らずいそがしいから。この頃は国府津へ準急もとまらないから不便になりました。丹那が開通したからです。
○鼠に顔の上を飛ばれた話。ゴトゴトいう。おや? 耳をた
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