#ここで字下げ終わり]
となぐさめて居たが、六日七日と立つにつれて又元に戻った熱は下り様ともしなくなった。
 不安がまた人の心にはびこり出した。
 どうも、変だと云って□[#「□」に「(一字分空白)」の注記]の反応をしらべた医師の報告は一更おびえさせて、無智から無精に病をこわがる女中共は、台所にたったまま泣いたりし始めた。
 当人には云わずに居た事だけれども、種々の様子からいつとはなし悟ったと見えて、
[#ここから1字下げ]
 僕、どうしたってチブスなんかにゃあならないよ。
 黒馬車にのっけられるのはいやだもの。
[#ここで字下げ終わり]
と云ったと云うのをきいたりすると、いくらしっかりして居ると云ったって二十前の息子が他人の家で病う気持が思いやられて、娘は、他人事でない様な、只書生の云う事だと云いきってしまわれない様な深い思いやりが湧いた。
 進みも退きもしない容態で十日ほど立ったけれども医師の診断はどうしても違わないと云う事になって来た。
 チブスならパラチブスで極く軽いのだけれどもお家へお置きなさるのはどうでしょうと、主婦が神経質なのを知って居る医師が病院送りの相談を持ちかけたけれども、他人の息子をあずかって居ると云う事に非常な責任を感じて居る主婦は、出来るだけの事はしてやるつもりだからもう四五日しての様子を見ると云って断ってしまった。それだのに、誰も知らない内に、
[#ここから1字下げ]
 お前避病院に行っちゃあどうだい。
[#ここで字下げ終わり]
といきなり当人に云ったと云う医者の態度があまり親切気がない様で切角主婦がああ云って居るのにそんな事を云っていやな思いをさせずともと、娘はすっかりいやな気持になって、
[#ここから1字下げ]
 医者なんてまるで冷血動物だ。
 死にかかった病人に、お前もう死ぬよと云えるのはお医者なんです。
 ほんとうに思いやりがないじゃあありませんか。
 こっちに先に相談して、若しやるとでも云ったら、その時になって、おだやかに云ってやったってわけの分る事だのにねえ。
 お前避病院に行かないかい。
 なんてあんまり人を馬鹿にして居る。
 自分のためにそうして置いた方が安全だからですよ。
[#ここで字下げ終わり]
と母を相手に散々腹をたてた。
 日に幾度も幾度も娘は境の障子の外から、
[#ここから1字下げ]
 どんなだい、
 熱は?

前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング