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とたずねてやって居たけれども、小さい弟共の事などを思うと、思い切って中に入って見る事もしかねたし又骨だった顔を見る事もつらかった。
牛乳と、スープと重湯を時間をきめてたべさせるさしずに主婦は常よりも余程いそがしいらしかった。
只猫可愛がりになり勝な二十七になる女中は、主婦がだまって居ると、涼しい様にと、冷しすぎたものを持って行ったり、重湯に御飯粒を入れたり仕がちであった。可愛がって、自分の子を殺して仕舞う女はこんなんだろうと思うと、只無智と云う事のみが産む種々雑多のさい害のあまり大きいのを怖ろしがらずには居られなかった。
十二三日目になった時、様子を見に行った主婦は、気味悪く引きしまった顔になって帰って来た。
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どうも面白くないねえ。
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物を書いて居た娘のわきに座りながら云った。
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どうして。
「まるで声が変ってしまって居るのだよ。
それにもう疲れて便所へも行かれないんだって、
だから、どうしてもチブスなんだねえ。
でも考えて見ると、去年お前が悪かった時なんかは九度以上の熱が十日以上続いて居たが、つかまって便所へは行けて居たからねえ。
そうして見ると、よっぽど悪性の熱だと見える。
どうかしなくちゃあならない。
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その晩早速、親元へ電報を打ってやった。
只身の廻りの世話位なら誰もいやがるものもないけれども、何から何までとなると、女達も気の毒だし、第一、思う様には手が廻らないのが分って居る。
その上世話をするのもいいけれどいろいろな物に手をつけた体で子供の事をするなどはいくら消毒したと云っても危険であるから親を呼んで相談して見ようと云う主婦の意見に反対する事は出来なかった。
翌朝早く停車場からすぐ来た宮部の実父は、あまり息子に似て居ないので皆に驚ろかれた。
体の小柄な、黒い顔のテカテカした年より大変老けて見える父親は、素末な紺がすりに角帯をしめて、関西の小商人らしい抜け目がないながら、どっか横柄な様な態度で、主婦の事を、
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お家はん、お家はん。
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と云って、話して居た。
此方《こちら》で種々手厚くしてやる事をあたり前だと云う様な調子で聞いて居るので、感謝されるのが目的でした事
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