黒い驢馬と白い山羊
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)巡査《おまわり》さん

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]〔一九二七年十一月〕
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 八月の十五日は、晴れた夜が多いのに、九月の十五夜は、いつも曇り勝だ。
 今年は珍しく快晴で、令子も縁側から月見をした。
 澄み輝き大らかな月が、ポプラーの梢の上にのぼると、月に浮かされた向う通りの家の書生達が大勢屋根へ出ていろいろな唄を唱った。令子の庭には萩が咲いて居て、やや色づきかけた石榴の実をすべった月かげが地にある。書生達の唄は響いて一種の狸囃子であった。
 そのうち月は益々冴え、庭のオレゴン杉の柔かな茂みの蔭に、白い山羊が現れた。燦く白い一匹の山羊だ。
 山羊は段々大きい山羊になった。見ると、白い山羊と向い合って、黒い耳長驢馬が一匹立って居る。白山羊と黒驢馬とは月の光に生れて偶然オレゴン杉のかげで出会った。山羊は首をあげて、縁側に居る令子に後を向け、何か頻りに黒驢馬に向って云って居る。驢馬は一方の耳をぴんと反らせ頭を下げ、おとなしく山羊の云うことを聴
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