いて居る。黒驢馬は、然し凝っと聴くだけだ。
 白山羊も暫くで黙り、一寸首を曲げた。向い合わせに立ったまま白山羊と黒驢馬とは、月明りの屋根の上で浮れて居る書生達の唄を聞いて居る風であった。
 唄が終った。四辺は非常に静かで虫の音がした。少し風も吹いた。
 白山羊は、身震いするように体を動かし、後脚の蹄でトンと月光のこぼれて居る地面を蹴った。黒驢馬は令子の方へ向きかわって、順々に足を折り坐った。
 気がつくと、其処とは反対の赤松の裏にも白山羊が出て居る。夜は十二時を過ぎた。
 令子は、そっと、動物たちを驚ろかさないように雨戸を鎖した。

 朝になったが、萩の葉の裏に水銀のような月の光が残って居る。
 令子は海面に砕ける月を見たい心持になって来た。月の光にはいつもほのかな香いがあるが、秋の潮は十六夜の月に高く重吹くに違いない。
 令子は興津行の汽車に乗った。
 勝浦のトンネルとトンネルの間で、丁度昇りかけようとする月をちらりと見た。鵜原は太平洋のナポリと或人が云ったので、令子はその巖と海との月を心に描いて来たのであった。
 鵜原で汽車を降り、宿を駅夫に訊いたら、
「あの巡査《おまわり》さんが
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