原館と電燈で照し出した白い板が見えた。
 濤の音がした。
 宿のものは、この時刻に来る客があると思って居なかったらしく、案内をした漁師に言葉もかけなかった。令子は変通自在な銀の小さい月を漁師の掌の上に落した。
 松の梢と日除けがあって、月は令子の部屋へさし込まなかった。雲も出た。畳へ横わって待って居ると、雲を出た月は輝きを放つ間もなく流れて来る雲に憂鬱に埋められた。海はここの下で入江になって居て、巖壁に穿たれた夥しい生簀の水に、淡い月の光と大洋の濤が暗く響いて来た。
 裏手の障子をあけるとそこも直ぐ巖であった。その巖に葛の花が上の崖から垂れて居た。葛の花は終夜、砂地に立つ電燈の光を受けた。
[#地から1字上げ]〔一九二七年十一月〕




底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社
   1986(昭和61)年3月20日初版発行
初出:「創作時代」
   1927(昭和2)年11月号
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2007年11月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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