れは全然新しい経験なのであった。自分はこのような焦燥を感じさせるところにも、計画的な敵のかけひきを理解した。
六月二十日、自分は一枚の新聞を手にとり思わず、
「ああ!」
と歓びの声をあげた。顔がパッと赤くなった。十九日の日本プロレタリア文化連盟拡大中央協議会は、開会、即時解散をくったが、文化団体として前例のない勇敢なデモが敢行され、新聞はトップ四段抜きでその報道をのせ、築地小劇場の会場が混乱に陥った瞬間の写真が掲載されている。警視庁特高係山口、明大生の頭を割る。山口が太いステッキを振って椅子の上から荒れ狂い、何にもしない明大生を、わきにいたばっかりに殴りつけ昏倒させたという記事が出ている。大衆の圧力と、彼等の狼狽が、新聞の大きい活字と活字の間から湧きたって感じられる。
「――到頭最後の悲鳴をあげたね」
主任が、ジロジロ私の上気し、輝いている顔を偸見《ぬすみみ》ながら云った。
「…………」
自分は黙ったまま、飽かずその記事をよむのであった。
六月二十八日。自分は八十二日間の検束から自由をとり戻した。
底本:「宮本百合子全集 第四巻」新日本出版社
1979(昭和54)
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