はない」
 マルクス主義作家として、飽くまでも合理的な文化建設のために働くことを任務とすると、自分は口述した。
「ふむ……」
 煙草をふかしながら、自分の書いた文字を中川はやや暫く眺めていたが、
「――ここは変えられないかね」
 灰をおとした煙草の先で示した。マルクス主義作家として、という文句のところである。
「変えない」
「――いいかね?」
「いけないことがあるんですか?」
 薄い唇を曲げ、
「マルクス主義作家ということは窮極において党員作家ということだよ」
「――私は、字のとおりマルクス主義作家と云っているのです」
 中川は暫く沈黙していたが、前歯の間に煙草を銜《くわ》え、煙をよけるように眼を細めて両手でケイ紙を揃えながら、
「これで帰れるかどうか知らんよ。だがマア君がこれでいいと云うならいいにして置こう。――僕にとっちゃどっちだって同じこった。そうだろう? ハッハハ」
 黒い舌の見えるような笑いかたをした。

 それきり中川は現れず、本当に自分は帰れるのか帰れないのか分らぬ。留置場の時計が永い午後を這うように動いているのなどを眺めていると、焦燥に似た感じが不意に全身をとらえた。こ
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