った。
「おっかさんが今何の役をさせられているか分る? ス・パ・イ・よ。むこうは、わけの分らない、只うまく[#「うまく」に傍点]立廻ろうとしている親をそういう風に利用しているのよ。しっかりして頂戴、たのむから……」
 ドアのところで、咳払いがする。自分は母のそばをはなれながら、猶、じっと目を放さず、
「わかった?」
 母親は、むっとした顔でそっぽを向き瞬《まばた》きを繁くしている。――
 やがて袖をさぐってハンケチを出しながら泣き出した。しかしそれは、自分がわるかったとさとって流している涙でないことは、犇《ひし》と私に分るのであった。
 母親が帰ってゆくと、
「暫くこっちで休んで」
と、主任が呼んだ。
「どうでした?」
「ふむ」
「……ふむ、じゃ分らないじゃないですか」
「…………」
 不図見ると、検閲の机の上に「プロレタリア文学」六月号が一冊のっている。自分はあつい掌でそれをとり頁をくった。第五回大会の写真がある。うすい写真の中でも、同志江口が白いカラーをはっきりと、いつもの少し体をねじったような姿勢で壇上に立っているところがある。押し合う会集。「暴圧の意義及びそれに対する逆襲を我々
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