った様子でもなかったですか」
「その晩もごく平常のとおりでして、監視[#「監視」に傍点]は怠らずにいたんですが、あれ[#「あれ」に傍点]がフロからかえって二階へ上りましたもんで、私共もつい気を許して奥へ引込んだのですが……どうも――ほんの二分か三分の間に出てしまったものと見えます」
 ――自分には、そうやって五月蠅《うるさ》く親につきまとわれる娘さんの気分が手にとるように映った。あのぽっちゃりした受口に癇を立てて、ぷりぷりしながら沈んでいる姿まで思いやられるのであった。
 傍で話をきいていて、すぐ死んでしまうとも思えない。さりとて、ストライキの時の確りした友達のところへ駈け込んで、もう二度と家へかえらず新しい生活へ入る決心したのだとも、思えない。いかにも、そういう性の娘さんであった。
 父親は、会社へもねじ込んで行ったのだそうだ。
「同じ切るなら、若いもののことだ、せめて生きられるように切って貰いたかったと云いました。会社の方でも、それはすまなかったとは云っておりましたが……どうも――」
 小商人風の小柄な父親はセルの前をパッとひろげ襦袢を見せて椅子の端にかけ、肩を張って云っている。卑
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