して黙り込む。だが、すぐ別のことから、同じ問題へ立ち戻る。
 親たちの日常生活は勤労階級の生活でなく、母親は若い頃からの文学的欲求や生来の情熱を、自分独特の型で、些《いささ》か金が出来るにつれ、その重みも加えて突張って暮して来た。社会の実際とは遠くあった。弘道会という今日では全く反動的な会へ、自分の父親が創設した因縁から始終出入りしていた。マルクシズムに対して母親の感情へまで入っている材料は、その会で博士とか伯爵とかが丁寧な言葉づかいで撒布するそのものなのであった。
 母親は保守的になって、しかも仏いじりの代りに国体を云々するようにその強い気質をおびきよせられているのであった。
 疲れるといけないからと母親をかえして、元のコンクリートの渡りを、鼻緒のゆるんだアンペラ草履で渡って来ると、主任が、
「え? 世の中は皮肉に出来ているもんだね」
と声をかけた。
「…………」
「おっかさんは心配していろいろ云われるが、却って対立をはっきりさせる結果になるばかりじゃないですか。ひ、ひ、ひ」
「――――」
 監房に入っても、自分は考えに捕われていた。情勢は、こういう風なモメントを経て、多くの中間層の
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