眺め母親は、
「本当に、これじゃあどっちが余計苦労しているのか分らないようだよ、お前はいつ会っても平気そうに笑っているけれど……」
「だって、泣くわけもないもの」
 自分は重く、声高く笑い、自分には興味のない犬だの、小さい妹の稽古だののことに話頭を転じる。母親がいらぬ心痛から妙な計画でも思いついては困ると、自分は留置場の内のことについては、何一つ云わないようにしているのであった。
 話しながら自分はちょいちょい、母親の手提袋を膝にのせて控えている妹の顔に視線をやった。母親との話はすぐとぎれた。すると妹が、
「――やせたわね」
と眼に力を入れて云って、可愛い生毛の生えた口許にぎごちないような微笑を泛《うか》べた。
「そうオ?」
 頬ぺたを押えながら、自分はゆっくりこちらの気持を打ちこむように云った。
「どう? みんな変りなくやっている?――この頃は私の知りもしないこと云え云えで閉口さ」
「そうなの!」
 びっくりしたように目を大きくする。押しかぶせて、
「どう? 何か変ったことないの?」
 意味ありげな顔つきをしている癖に、こういう場面に全く馴れない妹は何も云えず、母親は母親で、やはり気
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