丁度上野でデモが解散という刻限、朝から晴れていた空が驟雨《しゅうう》模様になって来た。
「こりゃふるね」
「同じふるなら、早くたのみますね」
かわりがわり本気で窓から空模様をうかがっている。黒雲は段々ひろがった。やがて若葉の裏を翻して暗く重く風が渡り、暗澹とした夕立空の前にクッキリ白い火見櫓が立ち、頂上のガラスを鈍く光らせたと思うと、パラリ、パラリ大粒なのが落ちて来た。自分は思わず心の内に舌うちをした。
ザーッ、ザッと鋪道を洗い、屋根にしぶいて沛然《はいぜん》と豪雨になった。
「ふーゥ、たすかった!」
「これでいい。いい塩梅だ!」
「これだけ降っちゃデモれないからな」
彼等は、上野の山で解散したデモのくずれが、各所で狼火《のろし》のような分散デモを行うことを、かくも戦々兢々と恐怖していたのである。
自分は初め、何のために高等へ出しておかれたのか分らなかった。初めは恐らく自分に日本の発達した警察網の活動ぶりを示威するつもりであったのだろう。けれども、現実の結果は、彼等の心配、周章の証人となったわけである。
メーデー警戒で、看守は四十八時間勤務をさせられている。今年のメーデーは特
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