志はどんな場合にでも決して関係のない人間の名を出すことはしないもんだ。――同志だぜ[#「同志だぜ」に傍点]、それを云っているのは……」
「……知らないものは知らないというしかないじゃありませんか」
監房に帰って、誰でもそうであろうが、自分は対手の云った言葉、目つき等を細かく思いかえし、敵の陣形を観察し、自身を堅める。
今野の容態は益々わるい。中耳炎ときまった。自分は、永久に日光が射し込まない奥のゴザ一枚はいつもジットリ穢れでしめっぽい監房の中を歩きながら指を折って日を数えた。こんな状態で二十七日までもつであろうか?
夜になると保護室の格子の前に水を張った洗面器が置かれた。夜なか誰かがそれで病人の濡手拭をしぼり直してやる。――
四月二十四日の日暮れがた、高等へ出された時、自分は岩手訛の主任にしつこく今野を出して手当をさせろと云った。
「あなたがたは、いつも家庭の平和とか親子の情とかやかましく云っているのだから、見す見す中耳炎と分っているのに放っといて、一家の主人を留置場で殺すことも出来ないでしょう」
「ふむ」
いがぐり頭を片手で後から撫であげ、唇をかむようにし、
「――大分苦
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