。……
黙っていろいろ考えていると、今度は娘さんの方から口を利いた。
「……警視庁からはいつも何時頃来ますの?」
自分は、それは全然むこうの風次第だと答えた。現に自分などは一ヵ月近く留置場にぶち込まれているが、警視庁からはその間三四度来たか来ないかだ。娘さんは、うけ口の顎を掬うように柱時計を見上げ、
「ひどいわ」
と云った。
「八時頃来るから、そうしたらすぐ帰してやるって云った癖して!」
朝の六時頃、いつものとおりに弁当をつめて何の気もなくいざ会社へ出かけようとしているところへ、駒込署だとやって来てそのままひっぱって来てしまったのだそうだ。父親が、偽者かもしれないと心配して警察まで送って来たのだそうだ。
「なんて人馬鹿にしてるんでしょ」
怒って云って、又袂をかき合わせ下を向いた。
昼になっても警視庁などからは来ない。小使いが、ヒジキの入った箱弁当を娘さんの分も床《ゆか》へ置いてゆくと、それを見て急に泣き出した。
自分は、
「泣くのやめなさいよ、ね。あなたの持ってるお弁当を食べたらいいのよ」
娘さんは、やっと蓮根の煮つけが赤漬ショウガとつけ合わせてあるアルミの弁当をひらいた
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