。……
黙っていろいろ考えていると、今度は娘さんの方から口を利いた。
「……警視庁からはいつも何時頃来ますの?」
自分は、それは全然むこうの風次第だと答えた。現に自分などは一ヵ月近く留置場にぶち込まれているが、警視庁からはその間三四度来たか来ないかだ。娘さんは、うけ口の顎を掬うように柱時計を見上げ、
「ひどいわ」
と云った。
「八時頃来るから、そうしたらすぐ帰してやるって云った癖して!」
朝の六時頃、いつものとおりに弁当をつめて何の気もなくいざ会社へ出かけようとしているところへ、駒込署だとやって来てそのままひっぱって来てしまったのだそうだ。父親が、偽者かもしれないと心配して警察まで送って来たのだそうだ。
「なんて人馬鹿にしてるんでしょ」
怒って云って、又袂をかき合わせ下を向いた。
昼になっても警視庁などからは来ない。小使いが、ヒジキの入った箱弁当を娘さんの分も床《ゆか》へ置いてゆくと、それを見て急に泣き出した。
自分は、
「泣くのやめなさいよ、ね。あなたの持ってるお弁当を食べたらいいのよ」
娘さんは、やっと蓮根の煮つけが赤漬ショウガとつけ合わせてあるアルミの弁当をひらいたが、ところどころ突ついたきり、湯ものまぬ。
午後第一房の強盗が保護室へうつされ、数日ぶりで自分たちは監房へ入れられた。
娘さんは、帯もしめたままなので段々気がおちつき、
「警察なんて人ばっかり騙《だま》してる!」
そして、ひそめた声に力を入れ、
「ね、一寸! どうしましょう、憎らしいわね。今朝みんな家でやられたのよ。さっき電話で、二十何人とか云ってたわ……皆をやったんだワ。会社じゃストライキのとき犠牲者は出さないって要求を入れときながら、この間っからドンドン新しい人を入れてたんですもの。ぐるなのね。これでクビにするなんて、卑怯だわ!」
会社は、ストライキをやった従業員を職場からだと目だつし、それをきっかけに又他の従業員が結束するとこわいので、各住居地の所轄署を動員して今朝一斉に切りはなして引っぱらせたというのが実際の情勢らしかった。
留置場の弁当では泣き出しながらも会社のやり口は見とおし、
「――一ヵ月ぐらいたってみんなの気がゆるんだ時があぶないって、そ云っていたけれど……全くだわね」
とつくづく考える風であった。やがて坐りなおすように銘仙の膝を動かして娘さんは呟いた。
「でも、私何ていわれたってかまやしない。本当に何も知らないんだから……」
そして私に向い念を押すようにきいた。
「――組合に入ってなければ大丈夫なんでしょ?」
「組合に入ってたって悪かないじゃないの」
しかし、自分は娘さんの調子が心もとなくなって云った。
「……組合に入っていないにしろ、ストライキのときはあなたの要求だってみんなと同じだったからこそ闘ったんだから、今更誰が組合に入ってたなんて余計なことは云いっこなしだわね。いい?」
「そうね」
合点をした。娘さんは××高等女学校出身で、ストライキのときは大衆選挙で交渉委員の一人であったのだそうだ。
今日は駄目だろうと思っていると四時頃やっと労働係が来て娘さんを出した。暫くして今度は自分が高等によび出され、正面に黒板のある警官教室みたいなところを通りがかると、沢山並んでいる床几の一つに娘さんがうなだれて浅く腰かけ、わきに大島の折目だった着物を着た小商人風の父親が落着かなげにそっぽを向きながらよそ行きらしく敷島をふかしている。
父と娘とがそれぞれ別の思いにふけっていた様子が留置場へ戻ってからもありありと見え、自分は警察と家族制度というものに就て深く憎悪をもって感じた。
留置場ではそろそろ寝仕度にかかろうという時刻、特高が呼出したと思ったら、中川が来ている。当直だけのこっているガランとした高等係室の奥の入口のところに膝を組んでかけ、煙草をふかしていたが、自分が緒のゆるいアンペラ草履をはいて入って行くなり、
「――どウしたね」
尖った鬼歯を現してにやにやしながら顔を見た。つづけて、
「いよいよ二三年だよ」
自分はまだ椅子にもかけていない。メリンスの小布団のついた椅子にかけながら、(主任の椅子の小布団は羽織裏の羽二重だが、他の連中の小布団は一様にメリンスなのだ)
「何なんです?」
と云った。
「書いてるじゃないか」
「何を?」
「――非合法出版物へ書いてるじゃないか」
「知らない」
「だァって」
中川はさも確信ありげに顎でしゃくうように笑って、
「現に君から原稿を貰った人間があるんだから仕様がないじゃないか」
「……そりゃ今の世の中には、いろんな種類の月給を貰っている奴があるんだから、そんなことを云う人間があるかもしれない」
蒼い中川の顔が変った。
「そりゃどういう意味だ」
「…………」
「とにかく、君達の同
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