て身内に軋《きし》むのを感じる。――
調べの始ったのは午前十一時前であった。今は夕方の六時だ。自分は憎しみによって一層根気づよくなり腰をおとさず揉み合っている。日本共産党をどう考えるかというようなことである。
自分は、日本共産党は飽くまでも一つの政党であると云った。合法、非合法はその国の状態によるのであって、決して共産党そのものの本質的属性ではない。清水は、「日本共産党は非合法の秘密結社でアリマシテ云々」と他の誰かの調書にあるとおり、口授を承認させようとするのである。又、「働く婦人」が共産党の宣伝の道具であるというデマゴギーをも押しつけようとした。清水は綴じあわせたケイ紙を見せ、
「しかし、これを御覧なさい、『大衆の友』はちゃんとそうであると言明していますよ」
「そう云った人があるのなら、なお更口真似は出来ない。『働く婦人』の投書だとかそのほか書いてあることが、あなた方から見て共産党の云うところと一致しているのなら、それは、それだけ共産党というものが大衆の真の考え、要求をとりあげていると云うことになります。元は、共産党にあるのではなく、大衆の実際の生活とそこから浸み出す要求にあるのだ」
夜、九時をすぎて、やっと終った。自分は編輯責任者として尊厳冒涜という条項に該当するのだそうである。時刻が時刻なのですっかり腹がすき、自分が激しい食慾で弁当をたべているむかい側で清水は何も食べず、煙草をふかしている。そして自分は女房には絶対服従を要求しているが、工合がわるいと云えば直ぐ医者にやるしなどということを尤もらしく云っている。彼の表情が次第に変った。四角い顔の半面が攣れていたようなのは消え、赤味も減り、蒼白く無表情に索漠とした顔つきである。肩つきまで下った。カサのない電燈の黄色っぽい光がその顔を正面から照りつけている。冷たい茶を啜り、自分はなお弁当をたべつづけた。――
三
メーデーの後、自分に対する襲撃の焦点が急に変って来た。もう「コップ」のことは問題でなく、今は党へ金を出している、それを云えというのである。自分にそのような事実はない。
中川は、
「だァって、受取った人間がすっかり云ってしまっているんだから君ばっかりがんばったところで仕方がないじゃないか」
また、もう随分長くて体も弱って来たのだから、云うことを早く云って市ケ谷へ行った方がこんな不
前へ
次へ
全39ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング