別神経過敏で、警官を半数ずつトラックに載せて一時間おきにつみかえ、待機[#「待機」に傍点]するようにという説があった。しかし、それも余り仰々しいというのでトラックを準備するだけになった。看守が疲労で蒼くむくんだ瞼をし、
「……トラックにのっているはええが、交代の時分にはいずれのったものが降りにゃなるめ。そのとき事件が起きたら、どうするね」
これには監房じゅうが笑い出し、実に大笑いをした。
五分苅の、陸軍大尉のふるてのような警視庁検閲係の清水が、上衣をぬぎ、ワイシャツにチョッキ姿でテーブルの右横にいる。自分は入口の側。やや離れてその両方を見較べられる位置に主任が腕組みをしている。
「編輯会議にはあなたも出ていたそうじゃないか、ほかに誰々が出ていました?」
日本プロレタリア文化連盟では二月選挙のとき「大衆の友」の号外を発行し、ブルジョア選挙のバクロと階級的候補者支持、選挙をどう闘うべきかということのアジプロを行った。その号外がテーブルの上にひろげられている。自分は署名して、ソヴェト同盟の婦人と選挙活動のことを書いているのであった。清水は日本プロレタリア美術家同盟(ヤップ)からは誰が出ていたかと繰返し訊いた。自分は覚えていない。
「――柳瀬が出ていた筈だ……」
「私は元来美術家同盟では知らない人ばっかりだから分らない」
清水は無骨な指でひろげた号外をたたきながら云った。
「……いや、皆わかってはいるんだがね」
それからさりげなく、
「是枝操に会いましたか?」
と訊いた。
「……文化団体の人ですか」
「そうじゃない、是枝恭二の細君だ」
「知らないな」
「ふむ」
改めて、
「この、君の文章の中の『この地球はじめて人間らしい憲法がつくられた』とか『勤労大衆の代表と社会主義社会建設の闘士を選べ!』とか云うのは、どういう意味なんだ」
と詰問した。自分は、
「どれ、一寸見せて下さい」
と注意ぶかくその部分を読みかえして見た。
「……非常にはっきりしているのじゃないかしら。――ソヴェト同盟ではこうであると事実を云っているのだから……」
「日本の労働者は、じゃアどうしろという意味なんです?」
「この記事は、それを扱っていませんね」
啓蒙的な記事としては、そこが欠点であった。自分はそう思うのであった。
「大体、こんなもの[#「こんなもの」に傍点]に書くという法はないじゃない
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