か※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
「…………」
「え? 君の小説こそ読ましてもらいたい。僕はこれでもずっと夏目漱石や君の小説は読んでいたんだからね。……立派に小説が書けるのにこんなもの[#「こんなもの」に傍点]へ書かなくたっていいんです。え? そうでしょう?」
 これは事あたらしく清水がいうばかりではない。中川も云い、駒込署の主任も云う。そしてブルジョア批評家の或るものも同じように云っているところなのである。押し問答の間に、半面が攣《つ》れたような四角い顔をした清水は、
「ヤ、すみませんが……ヤ、これは恐縮です」
など主任に茶をついで貰っている。
 号外の方は小一時間で終った。今度は、ケイ紙などと重ねて机の上に出してある「働く婦人」をとりあげ、片手でワイシャツの腕を、かわりがわり引きあげた。
「これは、あなたが編輯責任ですね」
「そうです」
「こちらも無茶なことは云わんつもりですから、あなたも、これについては責任を負って貰わなくちゃならん。いいですか?」
 自分は、
「私が納得出来れば負うべき責任は負います」
 そう答えた。
「でも、お断りしておきますが、その点できっとそっちの意見と私の考えが一致するとは今から云えないことです」
「いや、分りました」
 編輯部の顔ぶれ、書記局との関係などを訊いた。
「なるほど……赤坊の手を捩《ねじ》るようなものだから放っておいたんだが、この頃メキメキ高度になって来たじゃないですか、え? こんなに高度になっては放っても置けない、え? そうでしょう?」
 四月号の時評だの、投書だののあっちこっちに赤線が引っぱってある。四月の時評は「戦争と私達の生計《くらし》」を中心として、去年秋満州掠奪戦争がはじまってからの「死傷者の数」「軍費」その他中華ソヴェト、ソヴェト同盟の第二次五ヵ年計画の紹介などが書かれていたのである。
「先月号あたりっから、まるで男の雑誌とかわりないようんなった……」
 パラパラ頁をめくった。すると主任が、
「一寸……」
と手をさし出し、「働く婦人」四月号の赤線のところだけをよって貪るように目を通した。酸っぱいような口つきをし、
「…………」
 スリッパを穿いた膝がしらをすぼめて雑誌をかえした。清水は、放っておいたと云うが、「働く婦人」は一月創刊号から毎月発禁つづきである。しかも三月八日に築地小劇場で日本プロレタリア文化
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