ちょいは浮気すると書いてあるの」
章子が、ふっとふき出しそうになるのを手で顎を撫で上げて胡魔化し、ひろ子へ流眄《ながしめ》を使った。章子はひろ子の魂胆を感づいたのであった。ひろ子も笑い出したが、
「本当よ、でも」
と力を入れて云った。
「そか? どれ」
章子は座布団ごとそばへずりよって来た。
「どうです女将さん、当りますか」
片手をひろ子に執られたまんま、息をのむようにし、
「こわいもんどすなあ」
そして、本気に、
「あんたはん、ほんまに手相お見やすのんどすか?――どの筋がそうどす――浮気するたらどこに書いとおす」
ひろ子は思う壺に嵌《はま》りすぎて、おかしいのと照れるのとで、少し赧くなりながら説明した。
「ほら、ね、この人指し指と中指の間から出てる筋、これがずっと一本で通ってないでしょう、初め一寸で一旦切れ――これが十九年前の分よ。それからこうやってまた一寸、また一寸。――御覧なさい、あとは数知れず、じゃないの」
「――浄瑠璃や」
二人は、女将が直ぐは笑いもせず、黒目をよせるような顔をして猶しげしげ自分の掌を見ているので、二重におかしく失笑した。女将は、彼等に身上話をきか
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