せ、その中で、十九年前仲居をしていたとき一人の男を世話され、間もなくその男の児と二人放られて今日まで血の涙の辛苦で一人立ちして来たと、賢女伝を創作した。
「女《おなご》ほど詰らんもんおへんな、ちょっとええ目させて貰《もろ》たと思《おも》たら十九年の辛棒や。阿呆《あほ》らし! なんぼ銭《ぜぜ》くれはってももう御免どす」
 然し、それは嘘なのであった。そんな作り話をきかされる柄に見えるかと、彼等は宿へかえる路も笑ったのであった。
 女将が階下へ下りかける、階子《はしご》口ですれ違いに、
「ゲンコツぁん、お居やすか」
「まだ寝んねおしいしまへんのん」
 桃龍と里栄が入って来た。里栄は、都踊りへ出たままの顔と髪で、
「おおしんど!」
 直ぐそこにある茶を注いで飲んだ。
「何でそんなに息切らしてんのや」
「走って来たんやわ」
「なあ、ヘェ、桃龍《ももりょ》はんちゅうたら、あての手無理こ無体に引っぱってどんどんどんどん走らはるのやもん……」
 桃龍は、文楽人形のようなグロテスクなところがどこにかある顔で対手を睨むような横目した。
「――怪体《けったい》な舞まわされて、走らずにいられへんわ」
 都踊
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