笑っている。見ると、俥の後に一人若い袴をつけた男が捉《つかま》り、俥と共に走っていた。更に数間遅れて一かたまりの学生が、
「一菊バンザーイ! 一菊バンザーイ!」
歓声をあげ、俥を追って駈けて来る。揉《も》まれながら俥はどんどん進み、一緒に走ってゆく男の幅広い下駄で踵を打つ音が耳立って淋しく聞えた。
野蛮な声の爆発が鎮ると、都おどりのある間だけ点される提灯の赤い色が夜気に冴える感じであった。
空には月があり、ゆっくり歩いていると肩のあたりがしっとり重り、薄ら寒い晩であった。彼等は帰るなり火鉢に手をかざしていると、
「どうでござりました」
女将《おかみ》さんが煎茶道具をもって登って来た。
「ようようお見やしたか」
「顔違いがしてしもて、偉い難儀しました」
章子が笑いながら京都弁で答えた。
「ああなると、どれがどれやら一向分らんようになるなあ」
「そうどす、一寸は見分けがつきまへんやろ、然し男はんにすると、そのなかから、ふんあこにいよるなあと思て観といやすのが、また楽しみどっしゃろさかいなあ」
深い鉢に粟羊羹があった。濃い紅釉薬《べにうわぐすり》の支那風の鉢とこっくり黄色い粟の
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