めど くめど 水はつきず――
つきぬ思い 湧き出ずる。

そをくみあげる
小さな一つの 釣瓶
昼はひねもす 夜はよもすがら
ささやかに 軋り まわれど
水は つきず
わが おもい 絶ゆることなし。

或時は、疲れたる手を止《とど》め
瞳遠き彼方を見る。
美しい五月の自然
白雲の湧く空のすがた
ほのかに 芳香をまき
少女のように咲きみつる薔薇花。
されど ときには 指もたゆく
心もなえて 足もとを見る
あわれ わが井戸の 小車
いつも いつも くるめくと。

くるめく 井戸の小車
天をうつす 底ひの 水
滾々《こんこん》と湧き満ち ささやかになり
   われを待つ。

  愛らしいわが原稿紙(25th May)

愛らしいわが 原稿紙
おまえが、白紙に青の罫を持ち
その罫を
一面の文字で埋めて居るのを見ると
私の心はおどる。
朝、さっぱりと拭き浄められたマホガニー色の机の上で、
又は、輝やいた日の午後
北向の障子の棧が
単純な 日本の四角を浮上らせる傍に。

八畳の 部屋に入り
縁に出ようと 机のわきを過る時
ちらりと見る お前の姿は
何と云う楽しさだろう。
私は、十九の恋人のように

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