村の小学校は話の外だった。小学校の教師と云えば月五ルーブリの月給で実際乞食暮をしていた。
革命後、ソヴェトの単一勤労学校は四年制、七年制、九年制とわかれている。が、校舎の不足、教師予算の不足その他で、就学率は、理想通りには決して行かなかった。八歳でチャンと就学した児童は三〇パーセントだった。七〇パーセントはもっとおくれていた。ロシア共和国で四年制の児童六九・五パーセントは九歳で入学している。
五ヵ年計画は三十四億七千六百ルーブリという巨額を、プロレタリア・農民文化の基礎水準向上のために、八歳全国児童就学のために割り出している。
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就学児童はどの位増大するか?
一九二七年 九九四二千人
一九三三年 一七〇〇〇千人
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殆ど倍の千七百万という児童が、ソヴェト同盟では無月謝で、学用品、弁当まで国家の支給で勉強することが出来るのだ!
それには教師が殖えなければならぬ。
現在ソヴェト同盟には二十六万五千人ばかりの教師がいる。更に四十四万人の新しい教員が入用だ。
五ヵ年計画によって全ソヴェト同盟の生産が高まり、一般勤労者の賃銀が
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