員に別の棚からその本を出して貰い、金を払っている。
 成程これは、ソヴェト同盟らしい親切なやりかただ。ただ新刊書を一まとめにして、丸善の棚みたいに並べてあるのではない。この本棚が、謂わば書籍購入相談所なのだ。経済なら、経済に関して読むべき本が一通りまとめ初歩的なものから高度なものまで並べてある。
 党に関したものにしろ、ロシア共産党史から、コミンテルンに関するもの、五ヵ年計画に関するパンフレットに至ってはブハーリンの誤謬を簡単に説明したものまで包括している。
 その本棚について調べると、或る特定の問題について何を読むべきかが、人にきかないでもわかる仕組みになっているのだ。
 段々歩いて見ると、こういう本棚をこしらえたのはそこばかりではなかった。これも、ソヴェト五ヵ年計画の素晴らしい成果の一つである。美しい郵電省の先に、少年図書販売店がある。入って見ると、ある、ある! 色彩も美しい五ヵ年計画の絵解きから、十月革命の相当のむずかしい歴史に至るまで小学校の学年順に並べた棚が出来ている。
 モスクワを留守にしたのはたった一ヵ月未満だった。それだのに、ブルジョア書籍店と同じような体裁だったソヴェト同盟の本屋の内部は質において社会主義的に一躍した。学問は、本はプロレタリアート、農民、一般勤労者の日常必需品だ。その階級的武器を、出来るだけ正確に、出来るだけたやすく、みんなの手に渡らせよう! そういう積極的な意志がありあり感じられた。

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――文盲は勤労者の恥だ――
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 大体、革命までロシアは世界で有名な文盲率の高い国だった。帝政ロシアの支配者たちは搾取に反抗されるのがこわくて、勤労者には高い税で政府が儲けることのできる火酒と坊主をあてがってばかりいた。農村、都会とも、小学校はギリシア正教の僧侶に管理された。貧農、雇女の子供は中学にさえ入れなかった。猶太《ユダヤ》人を或る大学では拒絶した。
「十月」は、翻る赤旗とともに、すべてこういうプロレタリア、農民への重石をはねのけ、猛然と文盲撲滅をはじめた。工場の中、兵営の中、農村、町、ソヴェトの中、教会の中をもいとわず、共産青年同盟員やピオニェールが、アルファベットのカードをこしらえて、七十の爺さんや二十五のお神さんに字を教えはじめた。
 それでも、一九二六年には(十二歳以上)五千七十七万千九百
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