九十七人という尨大な文盲群がソヴェト同盟にあった。つまり、全人口に比べると、殆ど三人に一人当の文盲者という有様だった。帝政ロシア時代から農村の生活がどんなひどいものだったかは、この文盲群にふくまれる農民の夥しい数でわかる。五千七十七万千九百九十七人という文盲者中実に、四千五百九十一万六百五十一人が農村居住者だった。
国内戦を経て、勇ましい階級的闘士をウンと出した婦人の基本的文化も一般的に云えば低かった。証拠に、全文盲人員の中、三千四百五十七万六千百二十八人は文字のわからない勤労婦人だった。
ところが、文盲撲滅の文化運動は、社会主義社会に生きる勤労者からの自発的な要求で、急テンポに進んだ。
昔、地主に欅の枝の鞭でひっぱたかれた時分は、なるほど字を知らなくたってすんだだろう。富農だけが、金時計の鎖といっしょにポケットへ短い鉛筆を大切にしまっていた。然し、革命は、土地を農民へというスローガンを実現し、農民は自分達の村を自分達で、ソヴェトでおさめることになって来た。十八歳以上の男の女も、ソヴェトの役員に選び、選ばれる。――
一九一七年から一八――一九年と革命のパルチザンに参加し立派に村を白軍の蹂躙から守った五十歳の貧農ピョートルが村ソヴェトの議長に選ばれたとする。
議長席に坐る。鈴を振る。タワーリシチ! と演説する。――みんな出来るが、いざ、さあ議長ここに一寸書いて下され、とペンと書類とをつきつけられると、ピョートルの動顛は頂点に達する。――ピョートルは字を知らないという不便を辛棒しかねる。そうかと云って、字を知っている奴は村の富農のワーシカだとしたら、そのワーシカにソヴェトの仕事がまかされるだろうか? いや! そこで、ピョートルは、ルバーシカの下に汗をびっしょりかいて、村の文盲撲滅の講習会へ出かけるということになる。
若い者に字を習うということが、案外きまりわるくないと分る。やがて、ピョートルの女房も来る。女房が隣りの女房もつれて来る。
「――なるほどねえ、私の名はこう書くのかねえ。こうして字を知りゃお前、書きつけがよめなくて、麦をゴマ化されることもないねえ」
都会で工場のプロレタリアートが字を知らなければ、これ以上の不便はない。労働組合員となって、工場と契約書をとりかわすというときになって、ソヴェト同盟のプロレタリアートで字が書けない(!)
ソヴェト同盟
前へ
次へ
全17ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング